短編『戸籍登録員の過去』(1929年)訳 4/5
生活は陽気に、飛ぶように過ぎていった。イポリート・マトヴェーヴィチを落とそうとする進取の気性をもった女性はもういなかった。彼はふしだらな独身男であると誰もが考えていた。すると一九一一年に突然、ヴォロビヤニノフは隣人である裕福な女地主ペトゥホワの娘と結婚した。このような事態となったのは、名うての独身男である彼が領地に立ち寄った際、自分の身代が傾き、有利な結婚をしないと立て直すことは不可能であるとみてとった後のことであった。最大限の結婚持参金を得られそうなのが、ひょろりとして大人しい性格のマリー・ペトゥホワ嬢だった。二ヶ月間、イポリート・マトヴェーヴィチはマリーの足元に白いバラを積みあげ、三ヶ月目にプロポーズをして、結婚をし、そして郡の貴族団長に選出された。
「ねえ、あなたの骸骨ちゃんは元気?」エレーナ・スタニスラヴォヴナはやさしくそう尋ねるのだった。結婚してからというもの、イポリート・マトヴェーヴィチは以前より足しげく彼女のもとに立ち寄るようになっていた。
イポリート・マトヴェーヴィチはそれに答えて、笑いにむせびながら、陽気に歯を見せて言うのだった。
「よしてくれ、正直に言うが、彼女はとてもかわいらしい人だよ、ひどく幼くはあるけれどね…。姑のクラヴジヤ・イヴァーノヴナときたら! …あの人はぼくを〈エポレート〉って呼ぶんだ。パリではそう発音すると思ってるのさ! 傑作だよ!」
年を追うごとに、イポリート・マトヴェーヴィチの生活は目に見えて変わっていった。彼は早くにきれいな銀髪となった。ちょっとした習慣ができた。朝目覚めると、自分に向かって〈グーテン・モルゲン〉あるいは〈ボン・ジュール〉と言う習慣だ。子どもっぽいことに熱中するようにもなった。地方切手の収集をはじめ、それに多額のお金をつぎこんで、気がつけば早々に国内で一番の収集家となり、ロシア地方切手の完全なコレクションを有するイギリス人エンフィールド氏と活発に手紙のやりとりをし始めた。同種の切手収集の分野で、このイギリス人に先んじられていることがイポリート・マトヴェーヴィチをつよく刺激した。貴族団長の立場と広範なコネが、グラスゴー出身のライバルに打ち勝つ助けとなった。イポリート・マトヴェーヴィチは、もう十年ほども出されていないスタルゴロドの新しい県会切手を発行するように地方自治庁の議長をそそのかした。笑い上戸の老議長は、イポリート・マトヴェーヴィチに計画を聞かされて長いあいだ笑いころげ、その提案に乗った。二枚の切手が新しく発行され、一九一二年付のカタログに掲載された。切手印刷用の鉛板は、イポリート・マトヴェーヴィチ自らがハンマーで叩き割った。三ヶ月たち、イポリート・マトヴェーヴィチはエンフィールド氏から丁重な手紙を受け取った。イギリス人は手紙の中で、非常に珍しいその切手の一枚を売っていただけないか、値段はミスター・ヴォロビヤニノフが決めてくれてかまわないから、と頼んでいた。
ミスター・ヴォロビヤニノフの目には歓喜の涙があふれた。すぐに机に向かい、ミスター・エンフィールドへ返事を書いた。手紙には、ラテン文字でたった二語、こう書いたのであった。
この後、ミスター・エンフィールドとの実務的な関係は完全に途絶し、イポリート・マトヴェーヴィチの切手に対する情熱も、希望が満たされてのち、いちじるしく減退した。
このころには、ヴォロビヤニノフは道楽者と呼ばれはじめていた。まったくのところ、彼はいい生活をしていた。彼は暮らしを妻の領地からの収益でまかなっており、それが姑を驚かせた。あるときなど、クラヴジヤ・イヴァーノヴナ〔訳注:姑〕は生き方についての自らの見解や、あるべき夫の義務について、彼と分かちあおうとしたくらいであったが、そのとき娘婿は急に身体をわななかせると、砂糖入れを床に叩きつけて叫びだした。
「すばらしい! 私が生き方を教えられている! いやはや、すばらしい!」
このあとすぐ、激した娘婿はモスクワのパーティーへ出かけていった。狩猟クラブが主催したそのパーティーは、有名な狩猟家のシャラバリン氏が、クラブ創設以来二千匹目のオオカミを殺したことにちなんでいた。
各テーブルは半円を描くように配置され、中央の真っ白なクロスの上には、子豚の料理や、ウォッカやコニャックが入って汗をかいている水差しに囲まれて、今日の主役の毛皮が敷かれていた。褐色のモーニングコートと山高帽という装いをしたシャラバリン氏は、朝からすでに酔っ払い、無数の写真撮影で焚かれたマグネシウムに目をくらまされつつも、立って、獰猛に四方を眺めながら話に耳を傾けていた。
イポリート・マトヴェーヴィチの順番が回ってきたのはずいぶん時間が経ってからであったが、そのときにはもうかなり機嫌を直していた。彼はさっとオオカミの毛皮をかぶると、家庭内のゴタゴタは忘れて、晴れがましくこう述べた。
「尊敬すべきみなさま! 狩猟クラブのメンバーの方々! スタルゴロドの銃猟愛好家を代表し、このような意義深いできごとのお祝いを述べることをおゆるし願います! シャラバリン氏のような、そうした銃猟愛好家の方々が、手をとりあい、永遠の理想に向かって進んでいるのをお見受けして、とても、とても喜ばしい気持ちです! とても、とても喜ばしく思います!」
このスピーチを終えると、イポリート・マトヴェーヴィチは床に記念の毛皮を投げ捨て、嫌がるシャラバリン氏をその上に立たせると、三度固いキスを浴びせた。
今回の訪問でモスクワに二週間滞在したあと、イポリート・マトヴェーヴィチは、陽気に、しかし悪意に満ちて戻ってきた。姑はふくれっつらをしていた。イポリート・マトヴェーヴィチは、姑にあてつけるようにして、デンマークの王子の毒舌にふんだんな糧を提供することになる、あのふるまいをしたのだった。
▷初出:『30日』1929年、第10号
▷原文(※):https://ruslit.traumlibrary.net/book/ilfpetrov-ss05-01/ilfpetrov-ss05-01.html#s007001
▷翻訳:Ayako Kagotani
(※)Web上には誤植、脱字があるため底本となっている1961年全集を適宜参照した。
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