短編『戸籍登録員の過去』(1929年)訳 5/5
フランス人飛行士のブランデンジョン・ドゥ・ムリネ が、かの有名なパリ=ワルシャワ間の飛行を成し遂げ、ポメリー社の賞金を得た。麦わら帽をかぶり、白いレースの日傘を持った婦人がたや、ギムナジウムの上級生たちが、歓喜の声でこの空の勝者を出迎えた。困難な体験を経たにもかかわらず、彼は自分に力がみなぎっているのを感じ、すすんでロシアのウォッカを飲んだ。
生が泉のように湧きでていた。
モスクワのアレクサンドロフスキー駅では、専門学校の女学生や、ポーターや、〈自由美学〉協会のメンバーらが集まって、 ポリネシアから戻ったコンスタンチン・バリモント を出迎えていた。丸々した頬の貴婦人が、最初に、山羊髭を生やした吟遊詩人に濡れたバラを投げ込んだ。春の花、スズランが詩人に降りそそいだ。最初の歓迎スピーチが始まった。
「親愛なるコンスタンチン、七年もの間、あなたはモスクワを不在にしました…」
詩人へのスピーチのあと、弁護士出身の崇拝者が人をかき分けて進みでて、詩人に花束を手渡しながら、あらかじめ暗記してきた即興詩を披露した。
雨雲から
太陽の光、
それは君の化身。
君の威風、
君のメロディー、
君は本物だ。
その晩、〈自由美学〉協会で開かれた祝賀会は、新未来派のマヤコフスキーの演説で暗転した。彼は、高名な吟遊詩人のそばであれこれ見聞きしてこう言ったのだった、「挨拶がどれも自分のよく知った人からだということに、彼は驚かないのでしょうか」。しいっ! ピーッ! といった警告音が、新未来派詩人の言葉にかぶさった。
二人の若者、二十歳のガイスマール男爵と、外務省高官の息子ダルマトフが、映画館で予備役准尉の妻マリアンナ・チーメと知り合い、そして 強奪目的で彼女を殺害した。
映画館では、しわくちゃのスクリーンの上で、ロシア生活の三方面における心を打つドラマが上映されていた。『ブティルスカヤ公爵夫人』、世界の事件のニュース映画『エクレール=ジャーナル』、そして、 ポクソン (ホメロス的大笑い)が出演する滑稽な『有能な刑事』である。
クレムリンのスパスキー門から赤の広場に十字架の行列が進み出てきて、十プード 〔訳注:一六〇キロ超〕 もある長身のロゾフ首輔祭が、おどしつけるような声で至高のマニフェストを読み上げていた。
スタルゴロドの新聞『市長報知』には、 地方検閲官プラクシン の筆による、うわずった調子の詩が載った。
教えてママ、
今日はなんの祭日?
ピカピカの制服を着たパパ、
弟のミーチェンカは学校に通わないの?
弟のミーチェンカ が学校へ通わないのは、家が三百年続くロマノフ家だからであった。そして実際にピカピカの制服を着て幅広の三角帽をかぶったパパは、一頭立ての無蓋馬車に乗せられて、警備隊と軍士官学校、国立ギムナジウムのパレードの場所に指定されていたストレリビシチェンスコエの広場へ向かっていた。
ジュート工場や鉄道の工房では、労働者に対し、ロマノフスキー祭のチケットが配られ、それはお酒抜きで庭園で行われたが、晩になると、何人かの民間人が、酔い騒いでいた二人の労働者を群衆の中から引き出し、辻馬車に乗せて憲兵局へ連行した。暗い空に輝いていたのは、消えかかったり、風に吹き起こされてまた赤く燃え上がったりしている、打ち上げ花火で描かれた帝国のモノグラムであった。
その同じ夜、イポリート・マトヴェーヴィチは香水の残り香を漂わせながら、自分の邸宅のバルコニーに腰かけて祝賀の晩餐を消化していた。彼はまだ三十八歳だった。その体は清潔で、肉づきよく、悪いところもなかった。歯はすべてあるべきところにあった。頭の中には、母親の胎内にいる子どものように、新鮮なアルメニア・ジョークがふつふつと湧きでていた。彼は、生きることのすばらしさを感じていた。姑は撃退していたし、お金はたっぷりあった。あくる年は新たに外国へ旅行するつもりでいた。
しかし、彼は知らなかった、一年後の五月には妻が死に、七月にはドイツとの戦争が勃発することを。 一九一八年に所有する家から追い出され、 快適で飽食な無為の生活に慣れていた身で貨物旅客列車に乗り、足の向くほうへ逃げるために火の絶えたスタルゴロドを捨てることになるとも知らず、彼は、 五十までには県知事になるつもりでいた。
バルコニーに腰かけて、イポリート・マトヴェーヴィチは空想にふけり、オーストエンデの海岸にたつ細かなさざなみや、パリの屋根、国際列車の暗色の外形と光る銅製のスイッチを想像していた。しかし、パンに並ぶ行列や、凍てついた毛布、油っぽい灯明ランプ、発疹チフスのせん妄や、地方都市Nの戸籍登録課の〈用を済ませたら退出すべし〉というスローガンを想像することは、イポリート・マトヴェーヴィチにはできなかった(想像できたとしても、理解できなかっただろうから、同じことであった)。
バルコニーに腰かけたイポリート・マトヴェーヴィチの知らないことはまだあった。十四年後、まだ壮健な身でスタルゴロドに戻ってきて、 今腰かけているバルコニーの下の、まさにその門を再びくぐることや、そうやってよそ者として門をくぐるのは、姑が愚かにもギャンブス製の椅子のひとつに隠した宝を探すためであるということを、彼は知らなかった。まさにその椅子に、彼は今たいそう安楽に腰かけて、あかあかと燃える打ち上げ花火と、その中心で燃えている帝国の紋章を眺めながら、生きていることのすばらしさをうっとりと思い描いていた。
▷初出:『30日』1929年、 第10号
▷原文( ※ ): https://ruslit.traumlibrary.net/book/ilfpetrov-ss05-01/ilfpetrov-ss05-01.html#s007001
▷翻訳:Ayako Kagotani
( ※ )Web上には誤植、脱字があるため底本となっている1961年全集を適宜参照した。
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