連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1929)第二の青春 全訳

▷『コロコラムスク市の尋常ならざる話』と題されたイリフ&ペトロフによる連作短編の第10話。全訳。
▷〔〕は訳注。コメンタリーはこちら
▷2025.1.13 改訳更新。

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 コロコラムスクにミヤマガラス〔春告げ鳥〕が飛んできた。

 それは晴れて凍てついた春の日のことで、鳥たちは町の上を飛び回り、けたたましい鳴き声で町の権力者たちを寿いでいた。コロコラムスクの小鳥たちは、市民同様、権力の持ち主を心から愛していた。

 昼には早々に、スタロレジームヌィ並木道の斜面を雪解け水が音を立てて流れ、雪の下から去年の草が頭をのぞかせていた。

 しかし、町に熱狂的な気分を呼び起こしたのは、春の風でも、ミヤマガラスの鳴き声でも、ズブルヤ河がはやばや解けだそうとし始めたことでもなかった。町を熱狂させ、揺るがしたのは、ニキータ・プソフがもたらした知らせであった。

「温泉だ! 温泉だ!」ニキータは町の狂人たちを足でなぎ倒しながら通りを駆けていき、道々で窓を叩いては同胞たちの部屋へ駆け込んで大声でこう言ってまわった。「自分の目で見てみな!」

 次々に質問が出されたが、それにはいっさい答えず、ニキータ・プソフは手をぶんぶん振り回して遠くへ駆け出していった。人は彼を追って走りだし、その群れはどんどん大きくなった。

 もしも白いガウンを着たグロム医師が家から飛び出してきて行く手をさえぎらなかったら、好奇心に駆られた市民たちは、逆上したニキータを追って、まだどれほど駆けていったか知れなかった。

「ちょちょちょ!」グロム医師は言った。

 そうして全員が停止した。ニキータは支離滅裂に「誓ってもいい」などと口走り、両手で自分の胸を叩いていた。

「うむ」医師は厳しく問いただした。「『教えておくれ、パレスチナの小枝よ』。何がどうしたんだね?」

 グロム医師は詩の引用で飾り立てて話すのが好きであった〔「教えておくれ、パレスチナの小枝よ」はレールモントフの詩の引用〕

「猟奇小路に温泉が湧いた」確信をこめてニキータが叫んだ。「自分の目で見てみな!」

 そうして、驚きの叫びにたびたび遮られながらもニキータ・プソフがみなに言うには、酔っ払って猟奇小路にさまよいこんだ彼が地べたに寝ていたところ、何か熱いものが触れる感覚に目を覚ましたという。地面からまっすぐ吹き出してくるうす濁りの湯の中に自分が横たわっているのを発見したとき、彼がどれほど驚いたか、それはもうたいへんな衝撃であった。



「それでおれはもちろん飛び起きたわけだが」とニキータはしめくくった。「今はリューマチがすっかり消えちまった感じがする。自分の目で見てみな!」

 そして、自分の身に起きた奇跡を裏付けるために、もっとも物騒な誓いの言葉を口にした。

「『子らが家に駆け戻り、勢い込んで父を呼ぶ』、か…」とグロム医師は述べた。「ナルザン鉱水ほどじゃないにしろ、少なくともボルジョム鉱水くらいの効能はあるだろう」

 医師はすぐさま道具を取りにいった。そうして一時間もすると、猟奇小路にはネズミ一匹入りこむ隙もないほど、多くの人が温泉めがけて押し寄せた。

 グロム医師は白いガウンの裾を広げて温泉の真横に座りこんだ。温泉は、小ぶりな放物線を描いて地から吹き出しており、すでにかなりの大きさの水たまりができていた。医師はてきばきと分析を進めていった。

「聞いたかい、」ついに腰をあげて医師は言った。「『聞いたかい、木立の向こうの夜の声を?』…聞いたかい、この泉が、少なく見積もってナルザン鉱水より十倍良いのを?」

 群衆はわっと歓声をあげた。医師は大声で解析結果を読み上げはじめた。

「塩素酸ナトリウム、2.7899! 炭酸水素ナトリウム、10.0026。炭酸水素鉄、3.1267。塩素酸カリウム、8.95」

「塩素酸カリウムはいくつ?」ムッシュ・ホントーノフが興奮気味に聞き返した。彼はもうずいぶん長い間、泡立つ温泉水に指をつっこんでいた。

「8.95!」勝ち誇ったようにグロム医師は答えた。「『嵐けむりて空を覆う』…」

「空どころか!」ホントーノフは感極まって叫んだ。「これは全てを覆いつくすものです。これは富です!」

「キスロボーツク〔有名な温泉地〕は終わりだ!」と医師は言った。「これだけの炭酸アルカリ成分があれば、われらの温泉は次の病気にてきめんに効く。痛風、手の関節痛、肥満、糖尿病、片頭痛、ED、トラコーマ、おでき、胃カタル、疥癬、扁桃炎、炭疽病」

 群衆に大騒動がもちあがった。医師が病名を列挙しはじめるやいなや、ニキータ・プソフが自分の毛皮外套を脱ぎ捨て、ズボンを履いたまま黄色っぽい水の中に飛び込んで、たちまち手の関節痛もEDも扁桃炎も炭疽病も治してやる気でいるかのように、熱心にバチャバチャとやりはじめた。温泉は泡立ち、そのツンとくる薬効あらたかな匂いを全員がはっきり感じとった。

 多くの市民が、温泉につかって若いころの健康を取り戻そうと、上着を脱いだ。ニキータは寒さに震えながら彼らを励ましていたが、温泉水から這いでた彼は、早々に氷の膜に覆われはじめる始末だった。

 しかし、温泉という富の無計画な利用はここで終わりとなった。警察署長オトメジューエフを呼びに行ったムッシュ・ホントーノフが戻ってくると、飲み込みの早いオトメジューエフ署長の助けを借りてあっという間に猟奇小路から人々を締め出し、柵と回転木戸を立て、次のような但し書きのついた板切れをかけた。



コロコラムスクの
放射能泉保養地
「第 二 の 青 春」
総支配人:同志ホントーノフ
会計管理局長:同志オトメジューエフ
立 ち 入 り 禁 止



 群衆はがっかりして、なんとか保養地「第二の青春」に少しでも近づこうと、柵のところで押し合いへし合いしていた。柵の回転木戸に腹を押しつけ、首を伸ばし、できごとの急展開にすっかり不意を突かれて呆然と立っていたのがグロム医師だった。オトメジューエフ署長は気のない目線をやって、彼を後ろに押しやった。

「私もですか?」ふさぎこんで医師はたずねた。

 ホントーノフとの長い話し合いがもたれた。ふたりは互いに肩を叩きあったり、めちゃくちゃに怒鳴りあったりしていたが、結局ホントーノフが譲歩して、板切れには新しい項目が加えられた。



 医療法および衛生研究の主任:医師グロム



 管理者たちはその場で役割を振り分けると、新しい保養地の普及と開発に熱心にとりくみ始めだ。

 ホントーノフは、ひよこを抱えためんどりのように忙しく立ち回った。町へ行ってビール瓶を大量に買い付けてくると、薬効のある温泉水をそこに詰めてひと瓶五十コペイカで売りはじめた。実際のところ、それはボルジョム鉱水よりも高価だったが、このミネラルウォーターには超自然的な性質があるからと釈明されていた。

 手に入れたお金はどこへ行くのかという質問に対し、総支配人ホントーノフは、六十パーセントは保養地スタッフの生活改善に使い、残りは保養地の集会所の建設と、モスクワからオペレッタの一団と作家のピリニャークを招くことに使う、ピリニャークにはマダガスカルの一般的な生活を描いた連作短編を朗読してもらう、と答えた。

 医療法および衛生研究の主任、すなわちグロム医師も、ぐずぐずしてはいなかった。

 軍用朗読・歌唱教室のホールで、彼は一晩に三つの連続講座、「コロコラムスクの保養地の昨日・今日・明日」、「美容と健康の入口で」、「生は、何ゆえ私に与えられたか」を講義した。

 最後の講義から明らかになった結論は、最初の二つの講義と同じく、生が市民に与えられたのは新しいミネラルウォーター「第二の青春」を消費するためだということであった。

 盲目のバンドゥーラ奏者たちは、早くもその弦楽器の持ち手を返し、コロコラムスクの未来を歌い上げていたし、総支配人の売り上げもすでにかなりの額になって、新規事業の参画者のあいだではそれをどう分けるかで議論になっていたが、この驚くべき模範治療用かつ衛生研究用の薬効ある放射性の城は、まったく唐突に崩壊した。

 猟奇小路に、ソヴィエト公共事業局から派遣された水道管技師の一行がやって来ると、彼らは柵をバラし、回転木戸をひき倒した。三番地の家の下水管が破裂したので修理する必要があるのだと言う。技師たちは三十分で仕事をやり遂げ、その後、薬効あらたかな温泉は永遠に止まってしまった。

 それまでに放射能泉のお水をちょっぴり飲んでしまっていた市民たちは、群れをなして医師であり実業家でもあるグロム医師を追いかけた。医師はすべてをニキータ・プソフのせいにした。しかし、人はニキータに文句をいう気になれなかった。

 どんな水に入ったかを知ったニキータは病みついてしまって、リューマチが痛いといっては嘆き、大きな声でうめいていたのだ。


(最終話「航海士そして大工」へ続く)



▷初出:『チュダーク』1929年、第10号。
▷原文:https://ru.wikisource.org/wiki/Вторая_молодость_(Ильф_и_Петров)
▷図版出典:『チュダーク』1929年、第10号。
▷翻訳:Ayako Kagotani

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