連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1929)犬ぞり 全訳

▷『コロコラムスク市の尋常ならざる話』と題されたイリフ&ペトロフによる連作短編の第9話。全訳。
▷〔〕は訳注。コメンタリーはこちら
▷2025.1.12 改訳更新。

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 たいてい昼の十二時が近づくと、コロコラムスクの紳士淑女は表に出て、凍てつく新鮮な空気を吸おうとする。とりたててすることもないので、市民たちは毎日外へ出て新鮮な空気をじっくり味わうことを日課としていた。

 三月のはじめの金曜日、とりわけ家柄の良い人たちがメストコモフスカヤ大通りを行儀よくそぞろ歩いているところへ、チレンスカヤ広場から鈴の音が聞こえ、それから驚くような乗り物が大通りに飛び出してきた。

 十二頭の犬に引かせたサモエド人の長いソリに、トナカイの毛皮外套にくるまって、小さく痩せた顔の青年がゆったりと乗っていたのである。

 その犬ぞり一行の格好は、コロコラムスクの穏やかな気候にはあまりに珍奇に見え、自然な好奇心を抱いた市民たちは舗道に人垣をつくった。

 見知らぬ旅人は、汗にまみれて走っている三列目左側の副え犬に何度もムチをあて、鋭い声でこう叫びつつ、通りを速いスピードで駆けていった。

「シャーリク、曲がってる! そうじゃない、シャーリク!」

 他の犬たちも小言をくらっていた。

「おまえだぞ、ボービク! …ジューチカ、そうじゃない! …気をつけろッ!」

 コロコラムスクの人びとは、神が何者を遣わしたのかわからないながらも、念のために「ウラー〔万歳〕!」と叫んだのであった。

 この見知らぬ人物は、シベリア風の長い耳がついた毛皮の帽子をとって挨拶がわりに振ってみせ、それからビアホール「過去の声」のそばで、統制のとれていない犬たちを停めた。

 五分もすると、犬ぞりを木につなぎ終え、旅人がビアホールに入ってきた。この酒場の壁には「テーブルクロスで手を拭かないで」という注意書きがかかっていたが、どのテーブルにもテーブルクロスなどかかっていなかった。

「何をお持ちしましょうか?」興奮のあまり声を震わせて店主がたずねた。

「沈黙を!」見知らぬ人物は大声で言った。そしてすぐさまビールを六本注文した。

 これで、ビアホールにつめかけていたコロコラムスクの人には、自分たちが非凡な人物を相手にしていることがはっきりした。

 そこで、大勢の中から行政の代表者が進みでて、声に献身的な様子をにじませつつ、ずばり、

「警察署長のオトメジューエフに何か指示はございますか?」と、ゴーゴリの戯曲『査察官』の台詞風に言った。

「ある!」青年は答えた。「私は、中央宇宙科学アカデミーの教授、エマニュエル・スタロハムスキイだ」

「うけたまわります!」オトメジューエフは声をはりあげた。


コンスタンチン・ロトフ画


「隕石はあるか?」

「なんでございますか?」

「隕石か、あるいは火球とか呼ばれているものが、ここにはあるか?」

 オトメジューエフはすっかり動転してしまった。最初にはあると言い、それから無いと言った。そのあとついにはしどろもどろになり、腫れ物ならひとつあるが、残念ながらまだじゅうぶんに腫れきっていない、などとつぶやいた。

「腫れ物には興味がない!」と十八歳の若き教授は叫んだ。彼は、ツングースカ大爆発の調査を率いているレオニード・クリークの華々しい業績に、夜も眠れない思いをしていたのだった。「中央アカデミーで入手した情報によると、アレクサンドル一世の時代、クリミア半島と同じ大きさの隕石が、ここに落下したのだ」

 行政の代表者は完全に度を失ってしまった。この状況を救ったのはコロコラムスクの中で最も謎めいた人物、ムッシュ・ホントーノフだった。

 ホントーノフは若き教授に東方式の挨拶をした。それは手のひらを額と胸に順にあてるというやり方で、彼の考えでは、科学の代表者にはこうやって挨拶すべきなのだった。

 この格式ばった儀式を終えると、ホントーノフは、アレクサンドル一世時代の人はこの町にただ一人、ケロシノフという非党員の老人が残っているのみで、この老人が教授の求める説明を与えられる唯一の人物だ、と述べた。

 ケロシノフ老人は、何かの根のようになってはいたものの、かくしゃくとして陽気な人柄であるようだった。

「ふむ、ご老人」と教授は愛想よくたずねた。「火葬場へ行く頃合いだね?」

「頃合いです、だんな」一世紀半生きている老人は喜ばしげに答えた。「うちらの、ソベートの火葬場へ行きますよ。うちらの、安置場へね!」

 それからちょっと考えて、こうも付け加えた。

「それから星座投影場へも」

「隕石のことは覚えているかい?」

「もちろんですよ、だんな。覚えていますとも。みんなやって来ましたですよ。アレクサンドル一世〔在位1801年~1825年〕もお越しでした。クトゥーゾフ将軍〔1745年~1813年〕も、エッゲルトとマリノフスカヤ〔いずれも1920年代以降に活躍した俳優〕を連れてお越しになりました。それからほれ、フィルムを回す、映画ソートクも来ましたね。アンリ・バルビュス〔1873年~1935年〕も国の用意した馬車でやって来て、昔の生活を根掘り葉掘り聞いてきました。私はもちろん、隠しだてせず、虐待されてたって言いましたよ。一八〇一年のことですとね」

 それからあまりに支離滅裂なことを言いはじめたので、老人は連れ出されてしまった。隕石についてスタロハムスキイ教授が得られた情報は、これより他になかった。

「ふーむ」考え込みながら教授は言った。「掘削しなきゃならんようだ」

 教授はビールの代金を踏み倒し、メストコモフスカヤ大通りにテントを張ると、そこで生活しはじめた。中央からの掘削設備を待っている、というのが彼の言い分だった。

 一週間もたつと、彼はあごひげをぼうぼうに生やし、七十二ダースものビールをツケにしたあげく、犬を失ってしまった。彼から逃げた犬たちは、町はずれをうろついて、通行人たちを恐怖に陥れていた。

 コロコラムスクの人びとはこの若き教授を気に入って、ひどく気の毒がった。

「セツビとやらがなきゃ、おれらのスタロハムスキイ先生が破滅しちまう」家でのお茶の時間に、彼らはそう言い合った。「セツビがなきゃ、掘削どころじゃないしなあ!」

 晩になると、選り抜きの連中がビアホール「過去の声」に集まって、破滅しかかっているゆきずりの者を見守るのであった。

 教授のほうは、ビール瓶で作った緑の柵囲いの中に座りこみ、モスクワの新聞を声高く読み上げていた。小さな顔に、酔っぱらいの涙が伝っていった。

「おっと、どれどれ、新聞に何か書いてある…」と彼はつぶやく。「『全員スタロハムスキイ教授捜索へ』、『スタロハムスキイ教授救助探検隊』。僕を探してるんだ。ああ! 見つけてくれるだろうか!」

 そうして新たな力を得て号泣するのだった。

「科学か!」コロコラムスクの人たちは尊敬の念をこめて言い言いした。「こんなことしてるのがあんたの商売じゃないのにな。冗談じゃないよな! 隕石か! 千年に一度はあるかもな。だけどどこで探したらいいんだ? ひょっとしてトゥーラにあるんじゃないか? 早くしないと人がいたずらに破滅しちまう!」

 一ヶ月してようやく、探検隊はたしかな足どりをつかんだ。

 コロコラムスクは朝から、トナカイとプロペラ付きのソリ、シベリアの長靴を履いた特派員たちで埋め尽くされた。鐘の音と群衆の歓喜の叫びに包まれて、教授がビアホール「過去の声」から引き出され、苦労の末に二本足で立たせられ、探検隊の医師らによって診察された。医師らは、教授が申し分ない体力を保っていることを見いだした。

 それと同じころ、シベリアの長靴を履いた特派員たちが表をうろついて、コロコラムスクの人たちを地面のところへひっぱっていっては、かなしそうにたずねていた。

「腫れ物はあるんですか?」

「でき物はあるんですか?」

 あくる日には、トナカイとプロペラ付きのソリが、救助した者と救助された者とをまたたく間に連れ去ってしまった。

 探検隊は先を急いでいた。彼らは一週間以内に、もう二十人ほど探検者を救助しなければならなかった。そうした探検者たちが、広大無辺なこの国の大雪原のどこかで行方不明になっていたのだ。


(「第二の青春」へ続く)



▷初出:『チュダーク』1929年、第9号。
▷原文:https://ru.wikisource.org/wiki/Собачий_поезд_(Ильф_и_Петров)
▷図版出典:『チュダーク』1929年、第9号。
▷翻訳:Ayako Kagotani

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