連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1929)〈赤いオーバーシューズ、ガローシニク〉号 全訳

▷『コロコラムスク市生活の尋常ならざる話』と題されたイリフ&ペトロフによる連作短編の第8話。全訳。
第1話〈青い悪魔〉の続編ともいえる作品。
▷〔〕は訳注。コメンタリーはこちら
▷2025.1.11 改訳更新。

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 凍てつく二月の未明、栄誉あるコロコラムスク市の住民は、不規則な射撃音に目を覚ました。

 住民たちはワーレンキ〔フェルトブーツ〕をつっかけ、下着の上に何かをはおっただけで、一斉に表へ出た。射撃音に続いて今しがた鳴り出した警鐘の音が、不安をかきたてた。十字-抜擢教会が鳴らすけたたましい鐘の音を、キリスト顕現聖堂の鐘楼の低音が力強く支えていた。

 思いがけない不安なことが起きるといつもそうであるように、市民はどちらの方角へ逃げるべきかを熟知していた。そうしてあっという間に、救世主-協同組合広場が人で埋め尽くされた。

 当惑しきった無名商人の墓の前に、四人の徒歩警官と、長官のオトメジューエフ同志からなるコロコラムスク警察の全職員が立っていた。警官たちの銃はまだ煙を立てていた。オトメジューエフは拳銃を手に持ち、その銃口を乳白色の空に向けていた。

「誰に発砲してるんです?」ニキータ・プソフが人ごみに割り込みながら叫んだ。

 ニキータは少し遅れてやってきたのだが、彼は、警備隊が着るような厚手の毛皮外套をひっかけてはいたものの、それがはだけ、泡立つビールジョッキを持った裸の女性のタトゥーが青々と彫りこまれた毛むくじゃらの胸がのぞいていて、誰に発砲しているかわからなければ、今にも心臓発作をおこしてしまいかねなかった。

 しかし、オトメジューエフ長官は答えなかった。頭を上げ、低空の雪雲を鋭く見つめていた。

 しだいに、群衆も広場の上空を飛行している気球に気がつきはじめた。それは、ネットに入った子供用のボールに似ていた。

「敵の飛行体に向けて…」オトメジューエフがはりさけるような声で号令をかけた。「隊列、射撃ッ!」

 隊列は、目を細めて発砲した。

「着弾せず!」ニキータ・プソフは悔しそうに叫んだ。

「ふん、どっちみち、どこへも逃げていきゃしない! 楽勝さ!」

 そうして彼は群衆たちと意見を交わしはじめた。

「飛行してる奴らに見覚えがあるだろう! あれはクリャトヴィア〔『青い悪魔』参照〕が、おれたちのコロコラムスクを襲撃しようとやって来たんだ。そうに決まってる!」

 敵の襲来と聞いて、広場に集まっていた人たちに悲鳴が広がった。

 ニキータ・プソフは斧を取りに家へ走っていったが、彼が戻るよりも前に、気球ははやばやと下降をはじめた。五分もすると、葦で編んだ大きな籠と、気球に斜めに書かれた次の文句が群衆にも見分けられるようになった。

「赤いカローシニク〔オーバーシューズ〕、ガローシニク」

 露骨にロシア語で書かれているこの文句を見て、おかしいと思う者はいなかった。無名商人の墓の特等席を占有しおおせたムッシュ・ホントーノフが、すぐさま「あの文句はにせものだ。狡猾なクリャトヴィア人のしわざで、コロコラムスクの人を誤解させてやすやすと征服する魂胆だ」と言明した。

 オトメジューエフが号令をかけ、新たな一斉射撃が凍てた空気を揺さぶった。

 気球の籠のへりに身を乗り出していた飛行士たちの恐怖にゆがむ顔が、見物人たちにも見えた。

「降参するがいい!」タイミングよく戻ってきたニキータ・プソフが、斧を脅すように振りながら叫びたてた。

 飛行士たちは手を振って何ごとかを叫んでいたが、その言葉はちりぢりになって地上まで届かなかった。激しやすいオトメジューエフがやみくもな射撃をはじめ、それに当たった気球の砂嚢が、群衆めがけて落ちてきた。

 気球はほんのちょっぴり上昇したが、コロコラムスクからの弾丸に射抜かれて穴が空き、ふたたび落ちはじめた。今や、動揺する飛行士たちの顔がはっきり見えるようになり、それにつれて群衆に勝利の喜びが広がった。

「降参する!」角縁メガネをかけた、年かさの飛行士が怒鳴った。「降参するよ、まったくばかな人たちだな!」

 気球は家屋の二階の高さまで下降した。

「ああ、まだこんなにも愚か者がいる!」上から口々に叫ぶ声がした。「よけいなことをしてくれたもんだ」

「いいだろう!」下からも言い返した。「降りてこい、クリャトヴィア。ここでけりをつけようぜ!」

 この言葉にあわせてニキータ・プソフが挨拶がわりに斧を振り回した。このジェスチャーは飛行士たちの顔をゆがませた。

「何をしてる?!」カローシニク=ガローシニクの乗組員たちが叫んだ。

 ニキータ・プソフは答えず、斧を籠まで届かせようとして、高く飛び跳ねた。

「ちょっ、くたばっちまえ!」と、上からヒステリックに叫ぶ声がして、計測器や石油コンロが下に投げ落とされた。

 しかし、そうしたところで結局気球は上昇せず、飛行士たちはせかせかと身につけているものを脱いでは地上に投げていった。外套や、ジャケットや、フェルト製のブーツや、上品なサスペンダーや、胡椒入りのソーセージなんかを。

「缶詰はないんですか?」とムッシュ・ホントーノフがすかさず叫んだ。

「このろくでなし!」空に流されながら飛行士たちが言い返した。

 オトメジューエフが一斉射撃を命じると、「赤いカローシニク〔オーバーシューズ〕、ガローシニク」号は石ころのように広場に落下した。飛行士が一人、落下の際に逃げ出したが、すぐに捕えられてしまった。気球は、風にあおられ、残った者たちをスタロレジームヌィ並木道に沿って町の中心へと運んでいった。

 群衆はあとを追って駆け出した。その先頭を行くのは消防司令官の炎のメラーエフで、みずからの消防隊員を引き連れて敵を追っていった。

 逃げていた気球はチレンスカヤ広場で追いつかれ、飛行士たちが捕えられた。

「なんですかあんたたちは、まったく」角縁メガネをかけ、イチゴ色のズボン下をはいた飛行士長が泣きっ面で問いただした。「身内に斧で飛びかかる人がありますか?! 気球を撃ち抜いてしまって! なんて愚かなんだ!」



 誤解はすぐに解けた。飛行は雑誌『赤いアカシア』が企画し、そのために飛行船「赤いカローシニク〔オーバーシューズ〕、ガローシニク」号がチャーターされたという。

「あんたたちがスポーツマンだなんて、どこに書いてありました?」オトメジューエフはぶつくさ言った。「どうやって知りようがありますか? 規則では、三回警告したら発砲することになってるんです。聞こえなかったとおっしゃいますがね。聞こえておくべきでしたよ!」

「だめだ、話が通じない」メガネ男は言った。「それなら気球を修理してくださいよ」

 ところが、気球はすでになかった。あとかたもなく消えていた。

 その代わり、あくる日に「赤いカローシニク〔オーバーシューズ〕、ガローシニク」号の不運な乗組員たちが町を立ち去ったあと、コロコラムスクのすべての店で、高品質なゴム塗りシルクでつくった防水コートが売られていたのだった。



(「犬ぞり」へ続く)



▷図版出典:『チュダーク』1929年、第8号。
▷翻訳:Ayako Kagotani



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