連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1929)おそろしい夢 全訳
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元はちょっとした小金持ちで、今は冴えないコロコラムスク市民のヨシフ・イワーノヴィチ・ザヴィトコフが、町のもっとも興味深い歴史の一ページを自らが書くことになろうとは、本人はおろか、彼を知る多くの人にも思いがけないことだった。
といっても、ザヴィトコフはけっして要領のいいタイプではなかった。しかしコロコラムスクの人はみなそんなものだ。最もおとなしいコロコラムスクの人でさえ、ある瞬間には向こう見ずで突拍子もない振る舞いをしでかして、コロコラムスクの名を高めることに一役買ってしまいかねないところがあった。
ザヴィトコフの生活は終始なでつけたように平坦だった。彼の仕事は、誰もが驚く淀んだ色の靴墨「アフリカ」を煮ることで、ありあまる時間をもてあますと、ビアホール「過去の声」で時を過ごした。
靴墨の匂いが有害な作用をもたらしたのかもしれないし、黒ビールが彼の意識を曇らせたのかもしれないが、いずれにせよ、ザヴィトコフは、日曜の深夜から月曜にかけてある夢を見た。そしてそれ以降、彼は完全な混乱状態に陥ってしまった。
彼の夢というのは、町の全員一致通りと満場一致通りの交わるところで、革のジャケットに革のパンツ、革の帽子といういでたちの、三人の共産党員に出くわしたというものだった。
「もちろん、逃げだしたかったさ」とザヴィトコフは隣人たちに語って聞かせた。「ところが奴ら、道の真ん中に陣取って、おれに深々とお辞儀をするもんだから」
「党員がかい?」隣人たちは大袈裟な声を出した。
「党員がだよ! 直立してお辞儀するんだ。直立してお辞儀だよ」
「いいか、ザヴィトコフ」と隣人たちは言った。「そういうことがあったからっておまえ、特別扱いはされねえぞ」
「おれが夢に見ただけのことじゃないか!」ザヴィトコフは笑って反論した。
「夢だからって何だ。そういうことはあるもんだ… いいか、ザヴィトコフ、なにも起こらないといいがな!」
そうして、隣人たちは靴墨職人から用心深く距離を取った。
ザヴィトコフは、靴墨「アフリカ」を煮るのもやめて、まる一日町をほっつき歩き、夢で見たことについて市民たちの意見を聞いてまわった。どこに行っても警告する声ばかりを耳にして、寝床につくころには、彼の胸はふさがり、陰気な心持ちになっていた。
その夜見た夢もひどかった。おそろしくて、昼になるまで表に出る決心がつかないほどだった。
彼がようやく自宅の敷居をまたいで外に出たとき、表には好奇心にかられた隣人が束になって待ちかまえていた。
「で?」と彼らはじりじりして聞いた。
ザヴィトコフは手を振って家の中へひっこもうとしたが、ことはそう簡単にいかなかった。「脱・握手」協会の会長ドロイ=ヴィシュネヴェツキイが、すでに彼の腰をがっちり掴んでいた。
「見たか?」おどしつけるように会長が聞いた。
「見たよ」と疲れた様子でザヴィトコフが言った。
「やつらを?」
「そっくり同じやつらを」
そうしてザヴィトコフは、ため息まじりに二つ目の夢を隣人たちに説明した。それは初めの夢よりさらにやっかいであった。ズックの書類カバンをもった全身革ずくめの十人の共産党員が、救世主-協同組合広場にひざまずいて、非党員のザヴィトコフにお辞儀をしたというのだ。
「いいご身分だな、ザヴィトコフ」とドロイ=ヴィシュネヴェツキイが言った。「やりたい放題だ!」
「みんな、大変だぞ」と隣人たちは騒ぎたてた。「こうやってあいつはコロコラムスク中をしたがえるつもりだ」
「十人の党員が、一人の非党員にぺこぺこするなんて、そんなことがあるもんか」
「偉くなったもんだ、ザヴィトコフ。万人の上に立ちたいんだな」
「みんな、これは夢だ!」疲れ果てたザヴィトコフは悲痛な声を出した。「おれにはそんな必要ないじゃないか。夢の中のことだろ!」
ザヴィトコフをかばってくれたのは、偽協同組合議長のムッシュ・ホントーノフであった。
「みなさん、いいですか!」とホントーノフは言った。「もちろん、ザヴィトコフは良からぬ振る舞いをしでかしました。しかし我々は、すぐに彼を糾弾すべきでしょうか? 私の答えは、ノーです。彼は、なにか夜中に悪いものでも食べたんでしょう。最後のチャンスをやろうじゃありませんか。彼は胃をきれいにしなきゃなりません。そうしてゆっくり休ませてやりましょう」
偽協同組合の議長は、分別があることで町の人から大きな信頼を勝ちとっていた。集まった人びとは、ムッシュ・ホントーノフに賛同して、次の朝を待つことにした。
恐ろしい目をみたザヴィトコフは、入念に胃を洗浄し、足に力が入らないのを快く感じつつ、眠りについた。
町じゅうが、彼の目覚めを待っていた。コロコラムスクの人は大挙して無申告通りにつめかけ、靴墨職人のささやかな家があるセミバトゥーシナヤ関所のほうへ少しでも近づこうと、押し合いへし合いしていた。
ひと晩じゅう意識を失って眠りこんでいる間、ザヴィトコフは幸福だった。彼は次々に夢を見た。夢の中で、彼は雌牛の乳をしぼり、小さな腰かけにワックスを塗り、鳩を狩りたてているのだった。ところが、明け方に悪夢が始まった。ザヴィトコフが見た異様に鮮明なその夢では、県の執行委員長が車に乗って県街道をひた走り、こちらへやってくる。委員長は車から降りると片膝をついて、ザヴィトコフに接吻したのであった。
うめき声をもらしながらザヴィトコフは表に飛びだした。
バラ色の太陽が、靴墨職人の青ざめた顔をみごとに照らしだした。
「見た!」両膝をがくりと折って彼は叫んだ。「執行委員長が、おれの手に接吻した。みんな、おれを縛りあげてくれ!」
この不幸者に、ドロイ=ヴィシュネヴェツキイとムッシュ・ホントーノフが近づいた。
「自分でもわかっているようだな」と、ザヴィトコフに縄をかけながらドロイ=ヴィシュネヴェツキイが言った。「友情は友情として、大人しくしてもらおう」
群衆は賛同の声をあげた。
「なんなりと、好きなようにしてくれ」自分の罪の重さを理解したザヴィトコフは観念して言った。
「彼を売りとばしてしまわなくては!」いつもの分別を発揮して、ムッシュ・ホントーノフが言明した。
「こんな欠陥だらけのやつ、誰が買う?」とドロイ=ヴィシュネヴェツキイが聞きかえした。
すると、それに答えるように、無数のトロイカ〔三頭立て馬車〕が出す鈴の音が響きわたり、バラ色の粉雪がもうもうと街道に舞い上がった。
それは、『バイカルの小さな家』の撮影のため、ヴィテプスクからカムチャッカへ移動中の映画監督たちのキャラバンだった。先頭のトロイカ〔三頭立て馬車〕に乗って、息を切らせた主監督が駆け込んできた。
「なんて町だ?」馬車の幌から体を出し、しゃがれ声で主監督は怒鳴った。
「コロコラムスクです!」群衆の中からニキータ・プソフが叫んだ。「コロコラムスクです、閣下!」
「阿呆役が必要なんだ。阿呆はいるか?」
「売り出し中のものが一人おります!」媚びるように幌へ近づきながら、ムッシュ・ホントーノフが言った。「さあ、ザヴィトコフ!」
群衆をさっと見渡した監督の目は、大いに満足した様子を表した。必要な役者を選ぶのに不自由しなさそうだった。肝心のザヴィトコフも、主監督を完全に魅了した。
「来い!」と主監督はがなった。
縛られたザヴィトコフが幌の中へ運び入れられた。そして、キャラバンは疾風のごとく町から飛び去っていった。
「おれを悪く思わないでくれ!」立ちのぼる吹雪の中から、ザヴィトコフの言葉が聞こえてきた。
それから吹雪は勢いを増し、晩には非常に深い雪だまりができた。夜が更け、空は澄みわたった。砲丸のように月が飛び出てきた。窓ガラスにはシュロの葉に似た霜が伸びた。町は穏やかに眠りについた。そして、誰もがみな、平凡で平和な夢を見たのであった。
(「純血のプロレタリア」へ続く)
▷原文:https://ru.wikisource.org/wiki/Страшный_сон_(Ильф_и_Петров)
▷翻訳:Ayako Kagotani


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