長編『十二の椅子』(1928年)第1章 翻訳ノート

▷長編『十二の椅子』(1928)第1章の翻訳で正直わからなかった箇所をメモとして残す記事
▷第1章のエピソードについての個人的な解釈・見解もメモとして残す


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 морозный с жилкой стакан


 ・・・毎朝彼は、葉脈の模様のついた磨りガラスのコップで、クラヴジヤ・イヴァーノヴナが出してくれた温かいミルクを一杯飲むと、・・・

с жилкой … 葉脈(жилка)入りの
морозный стакан … 字義通りには「とても冷たい」グラスだろうか。ただ、このグラスには温かいミルクが入っている。温かい液体が入ったグラスが「冷たい」ことは普通ない。
ガラスなどに霜の結晶が付くようすを表した морозный узор (霜模様)という表現があって、その中には葉脈のように見える模様もあることから、そうした模様がついたグラスなのかもしれない、と一旦考えておく。

先行訳
Anne Fisher(2011):“a frosted, veined glass”
江川卓(1961):「ひび割れコップ」


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 Драманж!


・・・まだ暗くて、寒い。凍えて震えが止まらねえ… そのとき、俺の荷物からポルシーシキ〔ハーフボトル〕が出てきた。飲み干したさ。俺たちの感じでは… まだ足りない。ブルブル!・・・

мандраж(俗語。おののき、震えること)の倒語(逆さ読み)なんだろうか。
ман-дра-ж の順序を入れ替え、дра-ман-жとしたのなら、日本語でも「ぶるっちまう」→「るぶっちまう」などとしたほうがいいのかもしれないが、何だか古臭い日本語に感じられてしまうし、一読で意味が取りづらいし、そうしたことによって、この部分が悪目立ちしてしまうのは避けたいので「ブルブル」とした。

先行訳
Anne Fisher(2011):“We're shaking, we're roaring–horrors!”
江川卓(1961):訳なし(この翻訳が参照している底本には、この場面自体が含まれていない)


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 N町が理容室と葬儀社だらけの理由


ある地方の町Nには、たくさんの理容室と葬儀社があった。たくさんありすぎて、この町の住民が生まれてくるのは、顔を剃ってもらい、髪を切ってもらい、頭にヘアオイル〈ヴェジェターリ〉をつけてもらってさっぱりしたら、すぐさま死ぬ、そのためだけであるかのように思えるほどだった。しかし、実際にN町の人々が生まれたり、顔を剃ったり、死んだりするのは、ずいぶんまれなことだった。

N町に葬儀社がたくさんあるのは、かつてのロシアが多死社会だったことと関わりがあるのだろうか。作品上の現在である1927年当時、葬儀社の人間たちは破産の危機に瀕しているが、それは、革命と内戦期を経てロシア社会が安定してくるにしたがい、人が長生きできるようになった/死ぬ人が減った、という世相を反映しているのだろうか。
では、理容室はなぜたくさんある必要があるんだろう? わからない。


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 役所の終業間際に警察官がやってきて出生届の登録を求めるエピソードの意味


・・・事務所に、頬ひげを生やした赤毛の警官が入ってきた。・・・

このエピソードは何のためにあるのだろう。
第1章には、増補版にしかない場面が2つあって、ひとつはサペジュニコフが狩の話を語る場面で、もうひとつが警察官が登場するこの場面。サペジュニコフの場面はまだわかる。狩の話であるはずなのに、酒を飲むことばかり熱心に語る男が可笑しく、読者を楽しませたい著者の意図が伝わってくる。
しかし、この警察官のエピソードに可笑しい点はなく、警察の上層部が権力にものを言わせて特急処理をさせるだけの話になっていて、正直ここで著者たちが何が言いたいのかがわからない。
ヴォロビヤニノフが権力に屈しているところを示すのが狙いなんだろうか(ヴォロビヤニノフは出生届の係ではないのに出生届を処理してあげている)。このエピソードとは反対に、革命前のヴォロビヤニノフは、羽ぶりのいい貴族で、警察より強い権力をもち、警察の人間に尊大な態度をとっていた。そのことを示す場面が『戸籍登録員の過去』に描かれているので、それと対比させる狙いがあったのだろうか。革命によって権力関係が反転してしまった一例が、ここに描かれているんだろうか。

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