ヴォードヴィル『強い感情』(1933年)全訳
強い感情
ひと幕のヴォードヴィル
登場人物
リータ まちがいなく、ウォッカが足りない。15人に3本だなんて! ママ、こんなのありえない!
ママ だってリータ、全員が飲むわけじゃないでしょ。
リータ ママ! 間違いなく全員飲むから。ベルナルドフは飲むし、チュラーノフは飲むし、セゲディリヤ・マルコヴナは飲むし、ドクトルだって、たぶん飲むし…
ママ えっ、ドクトルも来るの? なんだか、いかがわしい人じゃない… あんなちゃんとしないやり方で治療をして、おそろしいブリダンとかいう注射…
リータ いいじゃない、ママ! 今はみんなあれを注射するの! つまり、ドクトルはまず飲むだろうね。レフ・ニコラエヴィチもアントン・パーヴロヴィチも獣並みに飲むし。スターシクも飲むし…
ママ (恐慌に陥る)スターシクも飲むの?
リータ 馬並みにね!
ママ リータ、なんて言い方をするの! ああ、いやなことを聞いた。スターシクが飲むなんて! あんなにちゃんとした、優しい青年が!
リータ 私がナータの立場だったら、2回も結婚したりしないけどね。リフシッツのほうが、スターシクよりはるかにマシ!
ママ まあね、だけどリータチカ、リフシッツはほぼユダヤ人じゃないか、カライム人だよ!
リータ ママ、ものごとはもっと深く見なきゃ。カライム人はほぼトルコ人だよ、トルコ人はほぼペルシャ人だし、ペルシア人はほぼギリシャ人でしょ、ギリシャ人はほぼオデッサ人だし、オデッサ人とくれば、これはモスクワ人ってこと!
ママ ギリシャ人もいいけどね、でもスターシクは大きな部屋を持ってるんだよ!
リータ どっちにしろ最悪だってば、部屋のために夫を変えるなんて!
ママ だけど、あの部屋ときたら!
リータ だけど、あんな夫って… 違った、 ウォッカがまったくもって足りないんだった! もし自分が結婚するんなら、外国人しかない。その人と外国に行く! ああ、もういっぺんブルジョア社会に生きて、入江に面したコテージに外国人と住んでみたい! そうだ、外国人だって、やっぱり飲むよね! やばい! 飲むものもないし、食うものもない!
ママ なんてこと、どこでそんな言葉を覚えてきたの?! 食うだなんて! うら若い乙女が!
チュラーノフ (駆け込んでくる、黙ってママに魚をおしつけ、すぐさま電話に飛びつく。会話をしながらポケットからいろんな品物や瓶類を取り出す。言葉の一部は受話器へ、一部はリタへ向けられている)ATC〔自動電話交換局〕!(朗誦する)「楯のおもてに血汐もて、ATCとしるしたり」…〔1829年のプーシキンの詩のもじり〕リータ、ぼくって天才だろ。Б〔ベー〕—1—0—1—11。そうです、ザモスクヴォレチエ地区。はいこれ、ナス。これは閉まってた店からのアーティチョーク。もしもし! ミスター・ピップはいますか? ピップっていうのは、すてきな外国人さ! 昨日こっちへ来たばかりなんだ。すてきな豚と豆の煮込み缶。コネがあるのさ。もしもし! ミスター・ピッ…! えっ? どこへ行ったんです? 待ってください、ぼく、彼と約束してあったんですが… よくもそんな厚かましいことを!(受話器を置く)
リータ どうしたの?
チュラーノフ (陰気な声で)最悪の事態だ!ミスター・ピップが連れていかれた。最終的に、ポポフのホームパーティーにひっぱっていかれた。知ってるだろ、あのポポフのところさ。
リータ (冷ややかな調子で)要するに、その外国人は来ないってこと?
チュラーノフ 誓って言うけど…
リータ だったら、あっちへ行って。
チュラーノフ ぼくに説明させてくれ! 今は時期が悪いんだ、ほんとだよ、時期が悪いんだ! 外国人旅行者がじゅうぶんいないのさ。誓って言うよ、外国人不足なんだ! 2週間前に言ってくれたら、何人か都合のいい人を連れてこれたと思うけど。そのときは蒸気船いっぱいにいたんだから。400人の国会議員たち。さっそうとした人たち!みんなディナージャケットを着てさ、ブラック・アンド・ホワイトの! でも今はいないんだ。〈ナツィオナーリ〉ホテルのドアマンが知り合いだからあそこにも行ってみたけど、そいつも、いないって言うんだ。ね、ウチョーソフを連れてこようか。ぼくの友だちに、ウチョーソフ〔当時活躍したオデッサ出身のジャズシンガー〕のことをよく知ってるやつがいるんだ。そいつが彼を説得するよ。どんなことになるか、想像がつくかい? 披露宴のウチョーソフ!(おずおずと歌い出す)「さよー…ならー… 夜はすぐそこー さよー…ならー…」〔レオニード・ウチョーソフの歌『さよなら』(Пока)の一節〕
リータ さようなら、 外国人を連れて来ないうちは、あなたとは口を聞かない。
チュラーノフ (しばらく考えてから)きみが好きだ、リータ!
リータ それって何、告白?
チュラーノフ そう。
リータ 先送りする!
チュラーノフ それって引き延ばしだよ、官僚主義だよ。ぼくは訴える!
リータ 誰に? クピードンに? だいたい私は… 外国人としか結婚しない!
チュラーノフ じゃあぼくは?
リータ あなたは外国人じゃない。
チュラーノフ 何だい、きみからしたら、ぼくはロシア民謡を踊るお百姓かい? よくよく分析してみれば、ぼくも外国人だよ。(かっかして)ぼくのどこに、ソビエト政府と共通するところがある? 資本主義社会の代表者と考えてもらいたいね。
リータ けっこうな代表者だこと! 好きな女の子の願いをかなえることもできないのに。
チュラーノフ (帽子をつかむ)きみのためなら、なんだってする用意はあるさ! 見ててくれ、自分を犠牲にするから! 「笑うんだ、道化師よ…」〔レオンカヴァッロのオペラ『道化師』のアリア『衣装をつけろ』の一節〕 外国人を連れてくる!
リータ ところでポータブル蓄音機は?
チュラーノフ ベルナルドフが持ってくるよ。全部やり終えたら、ぼくは首を吊ることにするよ、リータ。人は、愛のせいで死ぬものだ。(立ち去る。戸口のところで)ぼくの見たところ、ウォッカが足りないよ!(立ち去る)
ママ あの子をあんなふうにして。どこをとっても、ちゃんとした青年じゃないの。
リータ ママにかかると、みんなちゃんとしてることになるんだから… ワインはじゅうぶんある、でもウォッカはまちがいなく、足りない!
ママ ナータとスターシクは一体どこ? もう戻っていい頃だけど。
チュラーノフ (入ってきながら)みなさん、階段のところに、リフシッツが立ってます!
リータ リフシッツ?
チュラーノフ そう、イサーク・リフシッツ君、元夫の。暗い、暗い顔で、階段のところに立ってます。
ママ なんてこと、そこには気が回っていなかった! どうなるだろう? 今にスターシクとナータが結婚登記所から戻ってくるのに、もしはち合わせでもしたら… 大変! スターシクはどんな様子だった?
チュラーノフ さっき言いましたけど、真っ青に青ざめて…
ママ あの人ナータを殺すよ!(両手をもみしぼる)彼はカライム人だ、カライム人は皆、嫉妬深いから…
リータ そうだよね。カライム人はほぼトルコ人だし、トルコ人はほぼムーア人で、ムーア人は、ご存知の通り…〔シェイクスピアの『オセロ』の仄めかしか〕
(チャイムの音)
チュラーノフ 彼だ!
ママ 何かしなくちゃ。何でもいいから彼を説きつけてちょうだい。
リータ チュラーノフ、ね、階段のところまで行って、説得してきてちょうだい。
(甲高いチャイムの音)
チュラーノフ 立ってるのかな? で、ぼくが何を話すんだい? ぼくは口がたつほうじゃないよ、マクシム・ゴーリキーじゃないからね…
リータ そうよね… 口がたつにはほど遠いよね…
チュラーノフ (泣き声になって)ぼくが軍人だっていうんなら、話は違うよ。でもぼくは一般人で、大人しい男だ。これは警察の仕事だよ、嫉妬の発露やら、ある種の社会の暴徒やらと戦うっていうのはさ。(リータのほうを見る)わかったよ。「笑うんだ、道化師よ!」 行くよ。(厳かにドアへ向かう)さようなら!(ドアを強くノックする音。チュラーノフは後ろに飛びのく)
リータ 開けないで!(チャイムの音)いや、開けたほうがいい! 説得してきてちょうだい。
チュラーノフ きみが開けたほうがいいよ。その後でぼくが説得するから。
リータ (軽蔑したような様子)外国人!(ドアを開ける)
ベルナルドフ (ポータブル蓄音機を持って入ってくる)みなさん、階段のところに、リフシッツが立ってます!
ママ ほぼムーア人だ!
ベルナルドフ (テーブルの上をちらっと見る)みなさん、ウォッカが足りないですね!
リータ 待って、彼なんて言ってた?
ベルナルドフ ナータを迎えに来たって言ってましたね。
ママ なんて厚かましいんだろう! ナータはスターシクと再婚するんだって、説明してくださいました?
ベルナルドフ 説明しましたよ。だけど彼は、だからどうしたって言ってます。
リータ それであなたは何と?
ベルナルドフ べつに何も。結局のところ、私はただのお客ですし。彼にはこう言いましたけどね、「そうは言っても具合がわるいよ、結婚披露宴なんだから」と。そしたら彼、全員覚悟しておけって言いました。
ママ そんなことも言ったの?
ベルナルドフ そんなことも言いました。私、自分のもってきたポータブル蓄音機がどうなるか、すでに心配です。
(ドアの向こうで物音がしはじめる。しだいに大きくなっていく争いの音と、複数の不明瞭な声が聞こえる)
チュラーノフ じゃ、リータチカ、ぼくは外国人を探しにひとっ走り行ってくるね。大丈夫、大丈夫だよ、裏口を通るから!(そそくさと立ち去る)
スターシク まったく、ひどい罠だ!
ナータ (ママの首に飛びついて泣く)ママ! マーマチカ!…
ママ 何があったの? あの人がお前を侮辱したの?
ナータ もっとひどい!
ママ ぶったの?
ナータ ああ、マーマチカ…(泣く)もっとひどい!
ママ いったい何をしたの、あのろくでなしは?
ナータ 私にキスした!
スターシク まったく、なんて暴挙だ!(自分のスーツの乱れを直す)やつを階段から突き落としてやらなかったことが悔やまれる! ああいうタイプのやつらには罰金を科すべきだね!
リータ (スターシクに)まあ、いいじゃないですか。最終的には全部つつがなく済んで、私はとても嬉しいです、あなたには想像もつかないことでしょうけれど!…
スターシク (攻撃的に)どうして私には想像がつかないんだ? 私には想像力がないとでもいうのか? あるいは、もしかして、私が愚か者だと?
リータ とんでもない。私のことを誤解しています。
スターシク どうしてきみのことを誤解しているというんだ? つまり、私はバカだと、きみは思ってるのか?
リータ 私のことをお笑いなんですね。
スターシク (ますます攻撃的になる)いつ私が笑った? 私は笑っていない。全員が証明してくれるはずだ。
リータ ふうう、どうしてそんなに面倒な性格で、結婚なさったんですか?
スターシク (堂々と)私が結婚したのは、性の問題を調整するためだ。
リータ たしかに、バカだ。(離れる)いいや、外国人しかない。外国人しかない!
(ドクトル・スプラヴチェンコが入ってくる)
ナータ ドクトル、こんにちは。とても嬉しいです!
ドクトル 若者が階段に立っていたんだが、あれは何ですか?
ナータ あれは、もうどうしようもないんです!
スターシク あれは、私が階段から突き落とすのを待ってるんです。
ドクトル ええと、謹んでお祝い申し上げます、このたびの…
(レフ・ニコラエヴィチとアントン・パーヴロヴィチが入ってくる)
レフ・ニコラエヴィチ 何だい、今日は披露宴はしないんだって?
アントン・パーヴロヴィチ 中止かい?
スターシク バカな!
レフ・ニコラエヴィチ さっき、リフシッツに言われたんだよ、披露宴はないって。
アントン・パーヴロヴィチ 彼、そこの階段のところに立ってますよ。
スターシク 厚かましい野郎だ!
レフ・ニコラエヴィチとアントン・パーヴロヴィチ それじゃ、お祝いさせてもらえるかな… ナターリヤ・ヴィクトロヴナ(チュッ、チュッ)。スタニスラフ・アレクサンドロヴィチ…〔=スターシク〕 ママさん(チュッ、チュッ)。よかった、中止でなくて… これがウォッカの全部かい? 足りないね…
(セゲディリヤ・マルコヴナ、若い女の子二人と青年一人が入ってくる)
セゲディリヤ・マルコヴナ いとしいナータチカ!(キスを交わす)リフシッツから手紙をことづかってきたよ。彼、そこの階段のところにいる。(他のお客たちに挨拶をする)
スターシク (ナータから手紙を奪い、それを読み、びりびりに破る)ふん、やつは私を待っているんだ、私が階段から突き落とすのを。
ナータ (スターシクに)彼がどれほど私を愛しているか、あなたは想像もしないのね。
スターシク どうして私が想像もしないんだ? 私はたわけ者だとでも?
ナータ (ドクトルに)あなたが文字通りの奇跡を起こすというのは本当ですか、ドクトル?
ドクトル 文字通りの意味ではノーですが、一般的には、まあ、いろんなことが起こるものですよ。
ナータ (涙をぬぐいながら)教えてください、ドクトルは、金に換算してたくさん稼いでいるのですか?
ドクトル 金換算で… い、いいえ… ですがまあ…
セゲディリヤ・マルコヴナ ドクトル、私もブリダンを注射してみたいのです。私にも可能ですか?
ドクトル あなたに? 一般的にはノーですが、まあ… 可能です。
ベルナルドフ 教えてください、ドクトル。例えば私なんかは、市の作家委員会の一員をしておりまして。できれば知りたいのです、注射というものがどう影響するのか。もしこう言ってもよければ、創作の特殊性に対してですね。作家の作品の質を高めるものなんでしょうか?
ドクトル 質ですか? ノ、ノーです。量なら? おそらく、イエスです。
(裏口からチュラーノフが現れ、戸口にたたずむ)
チュラーノフ (そっと)リータ!
リータ (近づく)なあに、外国人はいるの?
(階段のところで物音)
チュラーノフ あれは?
リータ あれはリフシッツ。ねえ、外国人はどうなの?
チュラーノフ (バツの悪いようす)いるよ。キッチンに残してきた。
リータ 何バカなことしてるの? 失礼じゃない。 早くここに呼んできて!
チュラーノフ だけど、あらかじめきみに言っておくべきだと思って… 彼は外国人ではあるけれど、その、ヨーロッパ人じゃないんだ…
リータ じゃ、誰なの?
チュラーノフ (もじもじする)ええと、外交官だ。白人女性がとっても好きな人でね。
リータ (うれしそうに)日本人?
チュラーノフ (口ごもりながら)日本人。
リータ 大使館の人?
チュラーノフ うん、結論としては、大使館の人だね。商業担当官といってもいい職務だ。非常なインテリだよ。3つの大学を出てる。もしくは、4つだ。ほんとさ! 東京の大学を2つ、満州国の大学を2つ。だけどひとつ、ちっちゃいけれど奇妙な癖がある。その、戯言を言うんだ、外交官の気まぐれってやつさ。要するに、気にしちゃいけない。いいかい、彼が好む話題は、襟の糊付けとか、袖口とか、シャツのこととかだ… どうしようもないよ、エチケットを大事にしてるんだ。
リータ (じれったそうに)どこにいるの?
チュラーノフ リータ、誓って言うけど、ぼくはできることは全てやった!(ドアが開く。ドアの向こうに、恥ずかしそうな笑みを浮かべて、人が立っている)
リータ チュラーノフ!
チュラーノフ 何?
リータ あれは外交官じゃない。
チュラーノフ 外交官だよ。名誉にかけて誓うよ!
リータ あれは日本人じゃない。
チュラーノフ 誓って言うけど日本人だ!
リータ あれは中国人だよ。
チュラーノフ 大使館の日本人だ。
リータ クリーニング屋の中国人だよ。
チュラーノフ (泣き声になって)言っただろ、今は時期が悪いんだ!
リータ (チュラーノフを追い出しながら)出てって、外国人を連れてくるまで戻らないで! それも本物の外国人でなきゃダメ。ヨーロッパ人。パリジャン。わかった? (口ずさむ) 〈ス・レ・トゥア・デ・パリ〉〔パリの屋根の上で〕、タ、ラ、ラン、タン、タン、タン。
チュラーノフ (じょじょに理解しながら)タ、ラ、ラン、タン、タン、タン…
リータ そう、そう、タ、ラ、ラン。
チュラーノフ (決然と)「笑うんだ、道化師よ! お前の愛の終焉に… 」なるようになれ! ポポフのパーティーに行って、ピップを連れ戻してくるよ。
リータ だけど、そのミスター・ピップも、たいしたことない人じゃないでしょうね?
チュラーノフ さあ、どうだかね! 昨日フィラデルフィアから着いたばかりだからね! ところでウォッカは足りてるの? 見ておいでよ。(裏口から出ていく)
ママ まあまあ、リータチカ、外国人がいないんなら、テーブルのところで座りましょう。
(客たちがめいめい席につき、グラスを持ち上げる。厳かな間)
ドクトル (乾杯の音頭を取ろうとする)では…
(ドーンと耳を弄するようなドアのノック音。全員びっくりして、ミサイルから身を守るようにしゃがみこむ)
ドクトル (グラスをテーブルに置く)こんなことは断じていかん。行って彼と話してこよう。
(出ていく。全員が緊張した面持ちで待つ。ドクトルが非常に不満げな顔つきで戻ってくる)
ナータ それで、どうですか?
ドクトル (呆然と口ひげをひねりつつ)そう、ありゃただの悪党ですよ!
(席につく。全員がグラスを持ち上げる。またもや、ものすごい音。客たちはふたたびしゃがみこむ)
レフ・ニコラエヴィチ あのツラをはり飛ばしてやらねば、見ておれ! 行こう、アントン・パーヴロヴィチ!
アントン・パーヴロヴィチ (ジャケットを脱ぐ)われわれ抜きで飲まないでくださいよ。すぐに戻ってきますから。さあ行った、レフ・ニコラエヴィチ。頭突きをくれてやろう。(出ていく)
(客たちは黙って待つ。間。バタンというドアの音。完全なる静寂。ドアの向こうで、つかの間激しくぶつかり合う音がする。ふたたび静寂。よろけながら、アントン・パーヴロヴィチとレフ・ニコラエヴィチが入ってくる)
レフ・ニコラエヴィチ きみ、なんで奴を押さえておかなかった?
アントン・パーヴロヴィチ あなたが奴を離したんだから、私が押さえておけるはずがない。
レフ・ニコラエヴィチ 私が奴を離したって? 離したのはきみだろう。
アントン・パーヴロヴィチ あなたのせいで、あやうく奴に窒息させられるところでしたよ。とんでもないことだ! 踊り場に出てはいけません。
(規則的な音が響く中でそれぞれが席につく。おそらく、危険人物のリフシッツが、足でドアを蹴っている)
ママ 蓄音機を持ってきたいところだわね。
(ベルナルドフがポータブル蓄音機を持ってきて、音楽とドアの音が響く中で宴が始まる)
レフ・ニコラエヴィチ アントン・パーヴロヴィチ、ウォッカをよく見張っておくといい。足りていないから。いつだってそういうものだがな。
アントン・パーヴロヴィチ (自分とレフ・ニコラエヴィチに注ぐ)せっかくなんだから、貴重な時間を無駄にしないでおきましょう。(大きな声で)新郎新婦の健康を祝して!(すばやく飲んでまた注ぐ)出席者の健康を祝して!
(飲む、注ぐ)
ホストのかたがたの健康を祝して!
(飲む、注ぐ)
新郎新婦の未来の子供たちに!
ママ おふたりとも、何ですかそれは? 私たちはまだ注いでもいないのに、あなたたちときたら… あんまりです。
レフ・ニコラエヴィチ (気にもとめず、新しいグラスを掲げる)人類の幸福に! そうだろ、アントン・パーヴロヴィチ?
アントン・パーヴロヴィチ ですね、レフ・ニコラエヴィチ。
(飲む)
人類に! けっ!
ドクトル (客たちを横目に見て)そうだな、ここで時間を無駄にしている場合ではなさそうだ。(続けざまに4杯飲みほす。5杯目はセゲディリヤ・マルコヴナとグラスを合わせる)
セゲディリヤ・マルコヴナ ドクトル、是が非でも、私と、私の夫にブリダンを注射してほしいのです。奇跡について私に話す人たちがいるんですよ。ある知り合いのご婦人は、体力の衰えがひどくて、去年はほとんど家から出られないほどだったんです。それがねえ、ブリダンを2本打ったら、まったく見違えたようになって… マーケットへ行って、ご夫君のコートを売り飛ばして、外国製の素晴らしいネックレスを買ったというんです。
ドクトル そうです、ブリダンには顕著な効果があります。私のところへ、60歳くらいのおばあさんが来ますよ。そう、もちろん、老いて弱っていて、手の関節の痛みや、老衰がですね… それで、私がこう彼女に…(音とジェスチャーで注射を再現する)もう一度… (再現する) その晩、通りで彼女にばったり会うと、ばたばたとすごい勢いでどこかへ走っていくんです。どうしたことでしょう? 彼女の年金は取り上げられてしまいました。60歳だと信じてもらえなかったのですね。20歳だと人は言いましたよ。若返ったんです!
セゲディリヤ・マルコヴナ ドクトル、あなたはなんでもお出来になるんですね! 魔法使いですよ!
若い女の子 その話、うっとりする!
ドクトル (レフ・ニコラエヴィチを横目で見て、何杯か続けざまに飲み干す)そうそう… もう一人、80歳くらいのおばあさんも来ますよ。歯はない、髪はない、これっぽっちもない… それで、私が彼女に… (3回分の注射を再現する)
若い女の子 その話、うっとりする!
(アレクサンドル・ヴィトリドヴィチ・マルホツキーが入ってくる)
ドクトル これは、一体誰だろう?
リータ さあ、私は知らない。
ドクトル それなら、私が今から彼に… (注射の仕草をして、立ちあがろうとし、人々に押さえられる)
スターシク (驚いて)父さん!
マルホツキー やあ、スタニスラフ。この部屋を探し出すのに苦労した。踊り場のところに、何だか感じのいい青年が立っておって、そいつが教えてくれたんでよかった。まあ、自由の身でお前に会えて嬉しいよ。こんにちは、同志のみなさん。(一同にお辞儀)お前の若い花嫁はどこだ? しばし、しばし顔合わせをな。なんと!(いんぎんにナータの手に口づける)いやあ、よかったよかった。ご存じかどうか、私はご婦人がたとはすこしばかり疎遠になっておりましてね… (客人たちと挨拶を交わす)マルホツキーです、マルホツキーです、マルホツキーです…
ナータ (スターシクに)あなた、お父さんがいるって、ひとことも教えてくれなかったじゃない。どこにお住まいなの?
スターシク ちょっと、あとでね。(父親を隅にひっぱっていく)どうやってここに来た?
マルホツキー 今晩、休暇が出たんでな。つまり、おれの待遇は目に見えて改善されて、いろいろ特別な計らいをしてもらえてるんだ。
スターシク (唖然として)それはつまり、護送付きでここに来たってこと?
マルホツキー お前、だいぶ遅れてるな。あそこに護送官なんていやしない! 現代の刑罰システムがどんなだか、お前には想像もできんだろうが。
スターシク (うんざりして)どうしてぼくが想像もできないんだ? ぼくはロバかバカかなんかだってのか。それから、システムなんか全くどうでもいい。問題は、あんたが牢屋に入ってて、それを誰も知らないってことなんだ。ナータや客人たちが何て思うか! しかも、外国人を待ってるところなんだ。だめだ、頼むからどこかへ行ってくれないか。
マルホツキー どこへ消える? 12時までは休暇だ。
スターシク そうだな、通りを歩いてきたら。あんたにとっちゃ、それだって面白いだろ。
マルホツキー (悲しげに)スターシ、お前おれを追い出すのか?
スターシク ああ、ついてない… 残ってもいいよ。ただし、くれぐれも頼むから、あんたの残念な事実については一言も言わないでくれ。
マルホツキー (元気を取り戻し、いそいそとテーブルに近づく)こりゃ豪華な差し入れだな!
スターシク 父さん!
マルホツキー (ナータの隣に座る)なんて魅力的なお隣さんだ! ご無沙汰だ、とんとご無沙汰ですよ! 我々のところでは、女性… つまり、ご婦人棟は、男性のと離れて設置されているのでね…
スターシク 父さん!
ナータ どういうことでしょう、全然わかりません。どこのお話ですか? どうして離れているんですか?
スターシク (冷たい声で)父さんは保養所から来たんだ…
ナータ いいなあ、私も保養所でゆっくり休みたいな。
ベルナルドフ すみませんが、どうやって保養所に入れたんですか、許可書でしょうか、コネでしょうか?
マルホツキー なんて言ったらいいか… あのですね、あとを尾けられてですね…
スターシク 父さん!
マルホツキー (飲む)そう、許可書です。
ベルナルドフ それで、ちゃんとした保養所なんですか。
マルホツキー 端的に言って、ちゃんとしてますね。外国人がやってきては、感嘆してますよ。隔離室に行くと…
スターシク 父さん!
マルホツキー あそこから出てきた人はみな、顔つきが完全に変わっていますからね。いや、見分けがつかん、まったく見分けがつかんのですよ。
ナータ 体重が増えるからですか?
マルホツキー 何? 体重? (飲む)あっちでドンドンやっているのは誰だい?… ああ、体重もそうだね。だけど一番は、精神状態の変化だ。文化活動は大々的に行われているよ。それに、あそこの歯科室ときたら! 私は総入れ歯にした。(見せる)時間はたっぷりあるわけだからねえ、入れない手はないよ。自由の身のときは、歯のことを考えてみる余裕もなかったが、あっちじゃ…
スターシク 父さん! お願いしただろ…
ベルナルドフ 許可書はいくらしたんですか?
マルホツキー いくらもしません。全部無料です。このあいだ、ズボンをくれて激励までしてくれましたがね、それも無料です。あっちでずっとドンドンやっていますが、あれは誰です?
リータ 気にしないで!
ベルナルドフ そいつは素敵だな! 1コペイカも出費なしか! あなたの許可書はひと月分ですか?
マルホツキー ご冗談を! 3年ですよ…
ナータ ねえスターシク、あなたのパパ、とってもやり手じゃない。あなたはまったく気が利かないのに。
ベルナルドフ お願いです、私にも融通くださいませんか!
客たち (声を揃えて)私にも! 私にも!…
マルホツキー (一同の注目を集めていることに気をよくして) もちろん、できることなら何でもしますよ… とはいえ、私は、その、責任者ではありませんがね… しかしまあ、更生しつつある囚人でして、あっつまり、回復しつつある病人といいますか…
スターシク 父さん! 頼むからこの通り…
マルホツキー あっちでは散歩の時間にですね…
スターシク 父さん!
マルホツキー うるさいな、し、小心者め!
セゲディリヤ・マルコヴナ (スターシクに)今の保養所システムの進歩について、あなたは知識を持っていないんですから。
スターシク (攻撃的になる)どうして私が知識を持っていないんですか? みんなは持っていて、私だけ持っていないと。ふん、そりゃ一体何ですか!
(電話が鳴る)
リータ (受話器を取る)私。連れてきてるの? タクシーの中に? やった! 急いでね! ううん、リフシッツは帰ってない。部屋に押し入ろうとし続けてる。どうなるのか、正直わからない。ほんと恥ずかしい。裏口から入ってもらうことになっちゃう。なんて国だろう!(受話器を置く)今からミスター・ピップが来ます。レフ・ニコラエヴィチ、そこの君、アントン・パーヴロヴィチ、ドクトル、セゲディリヤ・マルコヴナ、お嬢さんたち、よくもまあそんなことができますね、ミスター・ピップにほんの少しウォッカをとっておいてくださいね… ベルナルドフ、みんなが頼んでるでしょう、もっとちゃんと蓄音機をかけて… 今からは踊ることにしましょうよ、ミスター・ピップが到着したら、また席について食事をすることにしましょう…(うっとりとして)ミスター・ピップが到着したら…(ベルナルドフと踊る。ここからの会話はすべて、踊りながら行われる)
ベルナルドフ どうして若い女の子ってのは、こうも外国人が好きなんだろう、私にはわからない。
リータ (鼻歌まじりに)ミスター・ピップが到着したら…
ベルナルドフ 私がミスター・ピップに関心があるのは、彼から安くスーツを買いたいがためだ。スーツなしでいることに道徳的に疲れてしまったよ…
リータ かわいそうぶっちゃって。あなたの着てるのも良いじゃない。それは金換算でいくら払ったの?
ベルナルドフ 換算額は知らない。これは、水上運送の配給所で65ルーブルで買ったんだ。
リータ まさかあなた水上運送業者?
ベルナルドフ いいや、水上運送業者じゃない。作家委員会に加入している。
リータ 作家なの?
ベルナルドフ いいや、作家じゃない。作家専用食堂で食事をとっているだけだ。実は通信局の名簿に載っている。
リータ ああ、鉄道員ね?
ベルナルドフ いいや、鉄道員じゃない。あそこでは鉄道の無料切符を手に入れているだけだ。まあ一番近しくしてるのは消防関係だね。
リータ 消火活動をしてるってこと?
ベルナルドフ いいや、そこではただ牛乳をもらっているだけでね。いいかい、消防の仕事ってのは健康をひどく害するものなんだ、だから牛乳が配られるんだよ。この牛乳をもらうために、缶を持って毎日スシェフスカヤ地区に行くっていうのが実に大変なんだ… まじめな話、中心部にあるクロポトキンスコエの消防署に移籍させてほしいって頼もうかと思ってる。
リータ それは大変、毎日トラムで行くんでしょ…
ベルナルドフ いいタイミングでトラムが来れば、そこまでひどいことにならないよ。モスクワ市ソビエトのメンバーってことで、前のデッキに乗るからね。
リータ えっ! あなたモスクワ市ソビエトのメンバーなの?
ベルナルドフ いいや、モスクワ市ソビエトのメンバーじゃない。モスクワ市ソビエトのメンバーとして乗るだけでね。それでも結局、ひどく疲れるもんだよ。人民委員会議の保養所で休養できなかったら、まったく精根尽き果ててしまうだろうな。
リータ あなた政府の人間なの?
ベルナルドフ まさか、政府の人間じゃないよ。説明しただろ。作家委員会のメンバーなんだ、天才扱いで、無料の歯科治療権つきの。
リータ つまりはやっぱり作家ってことでしょ?
ベルナルドフ まったく全然違うよ! 30分説明したところで、きみは理解できないだろうな…
(突然、騒音が大きくなる)
スターシク これはみんなきみのせいだぞ。悪夢のようなこの音が披露宴をだいなしにしてる。
ナータ どうして私のせいなのよ、彼が私をとっても愛してるってことが。
若い女の子 そういう話、うっとりする!
リータ リフシッツと話し合わなくちゃね。ベルナルドフ、行って聞いてきてくれる、あの人が結局何を望んでるのか。
(ベルナルドフが出ていく。全員ドアの近くに寄り集まって待つ。音が止む。入ってくる)
ベルナルドフ 彼いわく、スターシクは今すぐここから消え失せろ、だそうです。
スターシク どうやらやつは、私に階段から突き落とされるのを待っているらしいな!
ママ 警察を呼びますよって言ってきて。
ベルナルドフ (出ていって、戻ってくる)この世のどんな警察も、ナータへの愛を邪魔することはできない、だそうです… あ、つまり、あなたのことですね、ナターリヤ・ヴィクトロヴナ。
ナータ (気をよくして)続けてくださいな。
スターシク ほら見ろ、きみのバカげた美貌が招いた事態だぞ! こういうのがお望みか?
ナータ もう知らない!
スターシク (ベルナルドフに)私がいますぐ行って階段から突き落としてやるからって、そう言ってくれ!
ベルナルドフ (出ていく、その瞬間、戸口のところで絶望的な叫び声がする)リフシッツが突破した!…
(一同絶叫。婦人たちとスターシクはドアから飛びのく。男性陣はベルナルドフを助けに駆けだす。彼らがリフシッツにおおいかぶさったので、観客はリフシッツを見ることもできない。人間たちの体が球体になって、舞台を転がる。最終的に球体はドアの向こうに転がり出ていく。叫び声。「ドアを閉めて! 放すんじゃない! 指! 指! 」裏口から、ミスター・ピップの手を引いて、チュラーノフが入ってくる)
チュラーノフ リータ、彼だ。ぼくは耐えたぞ! 見てくれ、頬のところ、ポポワ夫人のマニキュアだ。これは、ミスター・ピップを階段のところまでひっぱだしたときのだ。ふん、大したことはない、ぼくだって彼女を足で… リータ、紹介させてくれ、ミスター・ピップだ。
リータ ハウ・ドゥー・ユー・ドゥー、ミスター…(口ごもる)
チュラーノフ 大丈夫、心配いらないよ。彼、ロシア語がとっても上手だから。話してください、ミスター・ピップ。
ピップ こんにちは、お嬢様。
(玄関ホールから、ぜいぜいと息をつきながら男性陣が戻ってくる)
あの人たちはグランドピアノでも運んでいたのですか?
リータ ご想像にお任せします、ミスター・ピップ、ヨーロッパの方。
(挨拶を交わす)
チュラーノフ (顔を輝かせる)どうだい? 本物だろ? な? 〈ス・レ・トゥア・デ・パリ〉、タ、ラ、ラン、タン、タン、タン…
リータ (感謝の面持ちで)本物だね。タ、ラ、ラン、タン、タン、タン…
チュラーノフ そう、そう、タ、ラ、ラン。それで、ぼくとはどうなるんだい? ぼくは、きみが好きだ。
リータ あとでね、あとで。
(皆がじろじろと外国人を見る。外国人はくるりと回って、恥ずかしそうな笑みを浮かべる)
ベルナルドフ (客のスーツに触れる)ほんもののウール混だ!
若い女の子 教えてください、いま外国ではどんなお天気ですか?
セゲディリヤ・マルコヴナ ドクトルをご紹介します。
(ドクトルは、時折揺れながらおじきをし、注射を模した音を出す)
リータ みなさん、同志のみなさん… (そっと客たちを押しのける)
ベルナルドフ どうです、ミスター・ピップ、私にそのスーツを売りませんか?
(リータがピップの手をとって脇へひっぱっていく。その後ろを、チュラーノフを先頭にして客全員がついていく。レフ・ニコラエヴィチとアントン・パーヴロヴィチはテーブルのところで居眠りをしている)
リータ ユー・スピーク・イングリッシュ?
チュラーノフ 何を聞こうというんだい? ありがたいことに、彼はトゥーラのお百姓じゃないからね。もちろん、英語を話すさ。ロシア語も話すよ。
ベルナルドフ それと、ネクタイも売りませんか? もしスーツを売ってくださるとして、そのネクタイも付いてくるとありがたいんですが。
リータ (外国人を独り占めしようとしながら)私、ずっとずっとヨーロッパ文化圏の人とお話ししてみたかったんです。
ナータ (ピップのもう片方の手をとる。色っぽく)あなたどうしてそんなに悲しそうなの?
ベルナルドフ (割って入る)もしそのブーツを売ってくださるとして、そこにスーツとネクタイが付いてくると素敵なんですがね。売ってくれませんか!
チュラーノフ ひとりの人間に全員で殺到しないでください! 返事もできていないじゃありませんか。あなたは何がお望みなんですか、セゲディリヤ・マルコヴナ? ルンバを? 踊りはもうしません。タクシーにいるうちから、そう言われてたんでね。他は?
マルホツキー 教えてください、あなたのところの、つまり西洋の刑罰システムはどんなですか?
チュラーノフ その質問はつまらない。他!
複数の声 彼に聞いてくれ… いや、彼に喋らせよう… …はどうなってるのかね…
(一同ざわめく)
チュラーノフ 待って! 待って! なんのために彼はここへ来たのかって? 今からぼくが質問します。ミスター・ピップ、あなたの新しい友人がたが知りたいそうです、あなたはここで何をするおつもりですか?
ピップ 紳士のみなさん、私はここに仕事を探しに来ました。
リータ えっ? この人何言ってるの、チュラーノフ?
ピップ 紳士のみなさん、私には生活の手立てがないのです。(微笑む)ですが、私にはたくさんの良き友人があるようですね。
ベルナルドフ (離れてテーブルの方へ行く)あきらかによくないタイプだ。
(チュラーノフは急いでテーブルの方へ離れる。その後をリータが追う)
リータ こんなの、絶対許さないから。
ベルナルドフ ぼくに何ができるっていうんだ、リータチカ! 危機の申し子だよ。危機、わかるだろ、世界的な危機だ〔1930年代の世界恐慌を指すと思われる〕。ぼくは悪くない。マルクスだって、こうなるって言ってたよ。やっとマルクスを信じる気になったかい?
リータ (議論にしゅんとなって)あんたなんて豚とおんなじ。
(客たちは、ぶしつけにもピップを置き去りにしてテーブルにつく。ピップは脇にひとり残る)
マルホツキー (注ぐ)くだらんことだ! 飲むほうがまだましだ、乾杯しよう、刑罰の…
スターシク 父さん!
マルホツキー 黙っとれ、青二才!
ドクトル (飲む)闇深いこの仕事、ブリダン。完全なる闇だ。誰ひとり治りゃしない。それどころか、死んでいく!
セゲディリヤ・マルコヴナ ドクトル、あなた何と?
ドクトル (まねをして)あなた何と! あなた何と! こんなくだらんことは放っておきなさい… 魔法使いか… いかさま師ですよ、私は。い、か、さ、ま、師! お気に召しませんか? 私自分では気に入ってると、あなた思いますか?
(ピップはテーブルに近づく、座りたいが、どの席も塞がっている。誰かれの肩のところから割り込もうとさえするが、それもかなわない)
ピップ (微笑みながら)披露宴をやっているんですね?(沈黙。客たちは飲み食いしている)あっちで誰かがノックしていますよ。(沈黙)かなり強く叩いています。開けてやらないと。
ベルナルドフ いいですか、ピップ、うろちょろするのはおよしなさい。
(ピップはびっくりして微笑む、そして脇へどく)
マルホツキー (演説をぶつ)スターシク、結局のところ、お前が結婚したのはよかった。ひと月もすればおれも牢屋から出るから…
スターシク 父さん! もうどうなるか…
マルホツキー じゃまをするな! みんな一緒に住もう… おれは孫たちの面倒をみる…
ナータ お父さんは何を言ってるの? 牢屋って? 誰の面倒をみるって? 私たちと一緒に住む? ひとつの部屋に?
スターシク 落ち着いて、ナータ。これは… これは誤解だ! 父さん、お願いだからすぐにここから出てってくれ。
マルホツキー 何だと? 誰に口をきいてる、このでくのぼうが!
スターシク (ぶち切れる)父さん、出てけよ!
マルホツキー (立ち上がり、よろめく)急げ、急げ! こんな地獄からは出ていくよ! 牢屋に戻りますよ! (出口に駆けよる、その後ろをミスター・ピップが黙って追いかける)
ナータ あなたこれをみんな隠してた!…
スターシク ささいなことじゃないか、ナータチカ…
ナータ 自分がどんなにろくでなしか、あなた想像もできないんだから!…
スターシク どうして私に想像ができないんだ? 何だ、私には想像力がないとでもいうのか?
ナータ (決然と)リフシッツを呼んでください!
(チュラーノフが走って出ていく。ドアが開く。リフシッツの凱旋。小柄でひょろひょろした彼が、青白い顔に感激の面持ちで歩いてくる。客たちは両側に列を作る)
レフ・ニコラエヴィチ (目を覚まして、叫ぶ)苦いぞ!〔ロシア式のキスのかけ声〕
(リフシッツとナータはキスを交わす、チュラーノフがおそるおそるリータにキスをする。一同ざわめく)
アントン・パーヴロヴィチ (目を覚ましつつ)苦いぞ! 愛という偉大なる感情に! ばんざい!
ママ どうだい、ウォッカが足りないって言ってたけど、全員ぐでんぐでんじゃないの!…
(幕)
▷原文:https://traumlibrary.ru/book/ilfpetrov-ss05-03/ilfpetrov-ss05-03.html#s003001
▷図版出典:同上
▷翻訳:Ayako Kagotani

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