短編『戸籍登録員の過去』(1929年)訳 2/5
イポリート・マトヴェーヴィチ・ヴォロビヤニノフは、一八七五年、スタルゴロド郡にある父マトヴェイ・アレクサンドロヴィチの領地で生まれた。父は熱烈なハト愛好家であった。息子が成長していき、子どものかかる病気になったり、人生に対する最初のものの見かたを育んだりしているあいだに、マトヴェイ・アレクサンドロヴィチは、長い竹の棒をつかってハトを飛ばしたり、夜にはガウンにくるまって、愛すべき鳥の変種や習性についての著作を書いたりしていた。屋敷の建物という建物の屋根は、砕けやすいハトのフンにおおわれていた。マトヴェイ・アレクサンドロヴィチの愛したハト、フレデリックは、パートナーのマニカと一緒に、特別にしつらえられた鳩舎に住んでいた。
九歳になる年に、少年はスタルゴロドの貴族専用のギムナジウムの予科に入れられ、そこでは美しいものや快いもの、例えば、ペンケースや、きしんだ音を立てる革製の香りを放つランドセルや、写生絵や、ギムナジウムのニス塗りの階段を滑りおりる楽しさなどを知りもしたが、それ以外に、評点一や二、二プラス、三ダブルマイナスも知ることになった。
イポリートは、他の少年たちに比べて自分がすぐれていることに、入学の算術試験のときにはもう気がついていた。左のポケットからりんごを三つとりだし、右から九つとりだし、それらを足してから三で割るといくつになるかという問いに対してイポリートは何も答えなかった。解くことができなかったからである。試験官はヴォロビヤニノフ家のイポリート少年に二をつけようとしたが、そこで試験机に座っていた神父が、ため息とともに「この子はマトヴェイ・アレクサンドロヴィチの息子さんです。とても活発な少年ですよ」と入れ知恵をした。試験官はヴォロビヤニノフ家のイポリート少年に三をつけ、この活発な少年は入学を許可された。
スタルゴロドには二つのギムナジウムがあった。貴族用のと市立のとである。貴族学校の生徒は、市立学校の出身者に敵対心をもっていた。彼らを〈えんぴつ〉と呼んで、自分たちのかぶっている赤い縁のついた学帽を自慢にしていた。そのせいで、自分たちのほうは〈なすび〉という屈辱的なあだ名をつけられていた。〈えんぴつ〉は、執念深いなすびの手で青アザやクマをつけられて、それに甘んじているような連中ではなかった。怒れるえんぴつたちは、ひとりでいるなすびを追いこんで取り囲み、合図の雄叫びとともに飛距離の長いパチンコで貴族野郎を射撃した。なすびはランドセルを揺らして路地に逃げこみ、青ざめ、オーバーシューズを片方なくした状態で、どこかの家の玄関口に長いあいだ座っているはめになるのだった。捕虜として取り上げられたオーバーシューズは、勝者の手で、町で一番高い三階建ての家の屋根に放り投げられた。
ほかにも、スタルゴロドにはギムナジウム生に〈長靴〉と呼ばれていた陸軍幼年学校生がいたが、彼らは町から二キロ離れた自分たちの学校に寄宿していて、なすびたちの意見では、謎めいた、伝説的とさえいえる生活を送っていた。
イポリートは陸軍幼年学校生にあこがれていて、彼らの空色の肩章や、それが、アレクサンドロフスキーのイニシャルが黄色く型どられたもので汚されているのや、めっきの鷲がついた金属プレートやらが羨ましかった。しかし、父の意向で、戦争教育を受ける可能性のないままギムナジウムの席につき、三ダブルマイナスの評点をとり、まったく前例のないことをしでかしていた。
三年生のとき、イポリートは留年した。あるとき、試験直前期間の昼休みに、三人のギムナジウム生が講堂に入り込み、光り輝く緑のラシャを張ったテーブルや、ポンポンのついた赤紫の重厚なカーテンや、シュロの入った桶を大喜びで見物したりして、長いことそこに潜んでいた。ギムナジウムの界隈では向こうみずで知られていたサヴィツキーが、イチジクの木が植わった鉢にふざけて唾を吐き、イポリートと第三のギムナジウム生、ハフーエフ・カクーエフは息が詰まりそうなほど笑いころげた。
「そしたら君、そのイチジクを持ち上げられるかい?」うやうやしくイポリートが聞いた。
「へっ!」と力持ちのサヴィツキーが答えた。
「それじゃあ、持ち上げてごらんよ!」
サヴィツキーはすぐさまイチジクにとりかかった。
「持ち上げられないさ!」イポリートとハフーエフ・カクーエフはささやきあった。
サヴィツキーは真っ赤な面構えで汗びっしょりの髪を逆立ててながら、イチジクに全身の力を込めつづけた。
突然、もっとも恐ろしいことが起きた。サヴィツキーの手がイチジクからすっぽ抜け、背中から勢いよく金彫りのしてあるマホガニーの円柱にぶつかったが、その円柱の上には、大理石でできた畏きアレクサンドル一世の胸像が置かれていた。胸像はぐらつき、ツァーリのもの見ぬ目が、つかの間しんとなったギムナジウム生を非難するように見つめ、四十五度の角度で一瞬静止すると、それから川に飛び込む水泳選手のように真っ逆さまに落下した。皇帝の落下は悲劇的な結果を生んだ。ツァーリの顔から角砂糖のようなきらきらする塊がとれ、その中に鼻があるのを見つけてギムナジウム生は震えあがった。同級生たちはがくがくしながら胸像を持ち上げてそれを元の場所に戻した。まず初めにハフーエフ・カクーエフが逃げだした。
「これからどうする、ヴォロビヤニノフ?」とサヴィツキーがたずねた。
「これは僕が壊したんじゃない」すばやくイポリートは答えた。彼は二番めに講堂を立ち去った。一人残ったサヴィツキーは、何の期待もせずに、鼻を元あった場所にくっつけようとしてみた。鼻はつかなかった。それからサヴィツキーはトイレへ行って鼻を穴に沈めた。
三年生の「ギリシャ語」の時間に、校長の〈シジク〉氏がやってきた。シジクはギリシャ人に合図をすると教壇に立って、たった今、上の五つの学年でも順繰りに言ってきた同じ言葉を言った。校長には歯がなかった。
「ヒョ君」と彼はのたまった。「ホー堂にあるホー帝のヒョー像をこわヒたのはだれかね」
教室は沈黙していた。
「嘆かわヒイ!」校長は前の机に座っているガリ勉組に唾を飛ばしながら吠えたてた。
ガリ勉たちはシジクの目をじっとみつめていた。そのまなざしには、自分たちが罪人の名前を知らないことの痛切なくやしさが表れていた。
「嘆かわヒイ!」と校長はくりかえした。「ヒョ君、よく念頭におきたまえ、もヒ一時間のあいだに罪のあるものが名乗イでなければ、学年全員ユー年です。ユー年ヒているものは、退学です」
第三学年は、シジクがすべての学年で同じように言っていることを知らず、そのためにこの言葉は恐怖をひきおこした。
授業の終わりは完全なるパニックのうちに過ぎることとなった。ギリシャ人の話を聞いているものはだれもいなかった。イポリートはサヴィツキーを見つめていた。
「シジクは嘘をついてるのさ」サヴィツキーは悲しげなようすで言いつづけた。「不安がらせてる。全員を留年させるなんてできないよ」
ハフーエフ・カクーエフは机につっぷして泣いていた。
「僕たちが何ゆえにですか?」と、ガリ勉たちがギリシャ人をひたと見つめて叫んでいた。
「さあ、あなたたち、あなたたち、あなたたち!」ギリシャ人は懇願しつづけていた。
しかし、パニックは増幅するばかりだった。泣いていたのはもうハフーエフ・カクーエフひとりではなかった。絶望したガリ勉たちが号泣していた。授業の終わりを告げるチャイムが、あまねく広がった絶望の爆発するなかで響きわたった。
ガリ勉のムルジクが、学習の後の祈りである「神よ、あなたに感謝します」を、悲しみでしゃくりあげながら読みあげた。
授業のあと、泣きぬれたハフーエフ・カクーエフから何も引きだすことのできなかったサヴィツキーは、イポリートを探しにでかけたが、イポリートはどこにもいなかった。
あくる日、サヴィツキーは退学になった。ハフーエフ・カクーエフは品行点で三をとり、警告と両親の呼び出しを受けた。零細領主である親は、蹄鉄もしていない馬をつけた競走用馬車でやってくると、校長との話し合いのあとで息子をクロークへひっぱっていき、上の学年の野次馬が大勢見ている前で、ラシャの手綱を使い、もっとも残忍なやりかたで息子を鞭打った。小柄なハフーエフ・カクーエフの絶叫は町境の向こうまで聞こえた。
イポリートが罰を受けることはなく、ギムナジウムでの年月には平凡なものごとがついてまわった。学校には、彼のことを父称つきでうやうやしく呼ぶ太った御者を伴い、灯火をつけた無蓋馬車に乗って登校した。彼の持っている練り消しゴムや消しゴムは最高級の高価なものであった。いつも嬉々としてペン先をおもちゃにしたが、それはペン先を箱ごと買い与えられていたからで、その予備を使って、ライバルたちには節制させながら自分は際限なく遊んだ。朝食は家に戻ってとった。このことは羨望を呼び、彼もこれを自慢にしていた。
第六学年には、はじめて煙草を吸った。学内の舞踏会にあけくれるうちに冬が過ぎた。イポリートはマズルカを踊り、クロークでラム酒を飲んだ。第七学年になると、二次方程式や、「悪魔の階段」(ピラミッドの体積)、速度の合成や分解のための平行四辺形、そしてオウィディウスの『変身物語』が彼を苦しめた。第八学年では「論理学」と「キリスト教訓話」を知り、軽い性病を経験した。
父はひどく老け込んでしまった。長い竹の棒は手の中でふるえ、ハト種の性質について書いた著作は半ばにも達していなかった。マトヴェイ・アレクサンドロヴィチはそれを完成させることなく死に、イポリート・マトヴェーヴィチは、十六のハトの群れと、すっかりやせてオウムに似てきたフレデリックの他に、年二万ルーブルの遺産と、広大だが実入りのわるい領地を手にした。
若きヴォロビヤニノフは、独立生活のはじまりを、酔ってハトを射ち殺すという乱痴気騒ぎで祝った。彼は大学にもいかず、官職にもつかなかった。軍務からは、総じて体が弱いためといって逃げたが、見たところあまりに色づきがよいので人に驚かれるのだった。こうして彼は、有閑貴族、抜け目のない金の魚、信用ならない花婿、生来の女好きでありつづけた。スタルゴロドにあった親の邸宅を自己流で建て直すと、ほおひげを生やした近侍と三人の召使い、フランス人のコックと大勢の厨房女中をつれてそこへ移った。
▷初出:『30日』1929年、第10号
▷原文(※):https://ruslit.traumlibrary.net/book/ilfpetrov-ss05-01/ilfpetrov-ss05-01.html#s007001
▷翻訳:Ayako Kagotani
(※)Web上には誤植、脱字があるため底本となっている1961年全集を適宜参照した。
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