イリフとペトロフの執筆風景|同時代の作家ヴィクトル・アルドフの回想

В. Ардов. Чудодеи //Г. Мунблит. А. Раскин. Воспоминания об Ильфе и Петрове. М.: Советский писатель. 1963. から一部を抜粋して訳出

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 私が共同執筆中の彼らを見かけたのは、一度や二度ではない。最初のそれは『黄金の仔牛』で、それから『プラウダ』の時事コラム、脚本やその他の作品などだった。私は証言できる。我々の親しい友である彼らは、いつも一緒に、手間を惜しまず書いていたと。執筆の技術的な過程を遂行していたのはペトロフだった。いつも彼がテーブルに座って、均整のとれた美しい筆跡で、何枚も何枚も書いていった。その間、イリフは、深く柔らかな肘かけ椅子に腰かけているか、部屋の中を歩き回って、二本の指で、額の上のごわごわした自分の前髪をいじっていた… それぞれが、無制限の拒否権を持っていた。どんな文章も、フレーズも、語も、両者が合意するまで、一語一句書くことはできなかった(筋書きや、キャラクターの名前、性格については言うまでもない)。意見の食い違いから、激しい口論や怒号が飛び交うこともよくあった(特にペトロフはこの方面に熱心だった)。しかし、書かれたものは、まるで鋳ぬかれた金属製の装飾の細部のように、すみずみまで仕上げられ、完成の域に達していた。イリフとペトロフの細やかな誠実さは、本に収める材料の選定にも及んでいた。ペトロフが冗談半分にこう言ったことがある。

「この二つの長編に僕たちが込めた観察や思考や創造物は、あと十冊書くにも足りるほどだよ。まったく不経済だ... 」

 彼らが書いている部屋に入っていくとしよう、するとイリフが真っ先にこちらを向き、次にペトロフが驚くほど優しい笑みを浮かべてペンを置く。

「ジェーニャ〔訳注:ペトロフ〕、最後の部分を、笑い上戸のこの人に読んでやってくれ」とイリフが言う。ペトロフ自身、すでに嬉々として、親しい聞き手のために、できたばかりの一行一行を点検している。そして、ペトロフが読んでいくと、イリフはその一節の言葉を、少し先んじて、声に出さずに囁く(自分の文章に対してこのように知悉していることは、散文を書く者にはとても珍しい。作品がゆっくりと、愛情をもって書かれていることを示している)。




 一九三〇年代半ばまでに、ふたりは「双子思考」とでも呼ぶべき思考法を開発して、十時間から十二時間を共に過ごしていた。ペトロフは私によくこう言っていた。「朝、できるだけ早くイーリャ〔訳注:イリフ〕に会って、昨晩から夜中にかけて頭に浮かんだことを話すんだ」。きっとイリフも同じ気持ちだっただろう。そして、共同執筆者のふたりは、毎日一緒になると、自分たちの文学的なプランや仕事のことだけではなく、世の中のあらゆることを延々と語り合った。ちなみに、真の作家が皆そうであるように、イリフとペトロフの創作意図も、移り変わる社会とまっすぐに結びついていた。今でも私の目には、次のようなふたりの姿が浮かぶ。編集会議か劇場かのどこかの席で、椅子に背中をもたせかけ、イリフが頭を上げて座っている。社交的なペトロフが、その時思いついたことをイリフの耳元に囁く。イリフは天井に目をやって、まじめに、批判的にさえ思われる風情で聞いているが、その顔には次第に笑みが浮かんでくる。イリフとペトロフは、よく散歩に出かけては、ゆっくりと歩きながら、考えにふけったり、話しあったりしていた。最初はイリフだけがこのような散歩を好んでしていたが、のちに彼は、友にもこの「創造的な運動」を習慣づけさせた。私は、ゴーゴレフスキー通りを歩いている彼らを何度も見かけたが、それはぶらぶらしているようでいて、実は真剣に仕事をしているのだった。

−−ヴィクトル・アルドフ(作家)



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