時事コラム『劇場の話』(1935年)全訳
劇場へ出かけようとしている人間の心持ちは、複雑ではないが、とても愉快なものである。午前の勤務中、仕事のあいまに、さも大ごとであるかのようにこう言ったりする。
「今日は劇場にいくんだよ、だから、今晩の文化攻略イベントには、参加できないと思う」
家に帰ると、彼の耳には、隣の部屋の妻が誰かにむかって電話口でこんなふうに話しているのが聞こえてきて、気持ちをくすぐる。
「残念ですけど、今晩、パヴリックと私は家にいないんですよ。パヴリックとメイエルホリド劇場に行くんです。いいえ、とんでもない、真ん中の五列目なんですよ。わたしたち、五列目より後ろには座ったことがないんです」
パヴリックには、妻が嘘をついたことがわかっている。もっと後ろのほうの席に座ることなどしょっちゅうだし、今回五列目を買ったのは、単に、もっと安い席がもうなかったからで、しかし、わかっているとはいえ妻の言葉は耳に心地がよい。結局のところ、誇らしい感覚というのはわれわれ同時代人に無縁のものではない。
五歳になる娘でさえも、中庭で遊んでいた女の子たちにむかって、バルコニーから、
「パパとママはね、きょう『三つの失神』に行くの」と甲高い声で叫んでいる。
「『三十三の』、だよ」やせぎすのパヴリックが、誇らしさから身をふくらませながら訂正する。「何度も言ったじゃないか!」
この日はふだんより早めに食事をとる。急がなくてはならない、なぜなら、第三のベルのあとでは、観客ホールへ入場できなくなってしまうからだ。観客ホール、第三のベル、リベレット〔パンフレットのあらすじ〕、非常口、チケットの売り子… 概して、こうしたすべての言葉は驚くほどこころよい。 身じたくは公演の二時間前に始める。と、ここで当然のように、カフスボタンが落ちてどこへ行ったやらわからなくなっており、襟には下手なアイロンのせいで小ジワがよっていて、双眼鏡はヴラーソフ一家が持っていったままもうひと月も返ってきていない、ということが判明する。これでは単なる無作法者で、受けられる恩恵も受けられない。最終的には、すべてに片がつく。カフスボタンは見つけだされ、襟にはアイロンがあて直され、双眼鏡はまったく必要がなくなる、座席は五列目なのだから、そこからはなにもかもが素晴らしくよく見えるのだ。
ところが最後の瞬間になって、ストッキングが伝線しているのを妻が見つける。それをひっぱりあげようとする手つきの緩慢さが、パヴリックを激怒させる。彼はコートを着て、新しいハンチング帽をかぶって立っている。次に劇場に行く時は、こんな、(控えめに言って)軽率な女性は、絶対に連れて行くものか。
「あらかじめ確認しておくことはできなかったのか?」声をふるわせて彼は言う。「何もかも台無しだ」
ところが、何も台無しにはならなかった。二人はありえないほどうまくバスへ滑り込み、時間ぴったりに劇場へかけつけた。ちょっぴり早かったほどだ。そして今になってみれば、カフスボタンやストッキングにやきもきしたことが、うっとりするようなものごとのように思われた。それなしでは、あらゆるものがそこまで興味深く、意味ありげでなかった気さえした。いや、なんと言おうと、劇場へ行くのはまったくの一大事なのだ。
それは四月八日のことだった。
モスクワ大学のとある助教授とその妻は、劇場に行く前のあらゆる感情を経験したのち、手早く自分のコートを預け、クローク係に一ルーブルを渡し、プログラムを買って、売り子に五十コペイカを渡し、観客ホールへとかけこんだ。まだ一分ある、というところで、彼らは多くの人の噂のたねになる珍事にでくわした。
ここから先のできごとは、議事録的な正確さと、くらくらするような連続性でもって描写されていくことになるが、このできごとはそうした連続の中で展開していったのである。
「ちょっと待ってください、ちょっと待って」入り口のところの検札係の女性が言った。「あなたのチケットをもう一度拝見します」
チケットはちゃんと用意してあった。申し分ないチケットだ、そこには法律的な杓子定規さで、公演の日付も、その時間も、列番号も、座席番号も、演目の名前も示してあった。
「あいにくですが」検札係の女性は陰気に言った。「このチケットは無効です」
「無効とはどういうことです?」
「それは私の管轄ではありません、市民の方。管理部へお行きください」
この〈市民の方〉という言葉を金属的な声色でかけられたとき、それはもう、その人には何もいいことなど待ち受けていない、ということを示している。
「すみませんが」と助教授は言った。「私のチケットは正規のものです、席へ通してください、遅れてしまいます!」
「すでに申し上げましたよね、ロシア語で。管理部へお行きください」
そうして彼をおしやると、女性はもうほかの観客たちのほうへ向き直って、
「あなたはお通りください。あなたの席は無効ですね、市民の方。あなたも。ロシア語で申し上げています。市民のみなさん、管理部へお行きください」
何か得体の知れないことが起こっていた。助教授は責任者のところへと駆けた。
出てきたのはカウボーイの服装をした人間で、超人的に落ちつきはらった表情を若々しい顔に浮かべていた。
「お願いです、早くこの行き違いについて説明してください!」助教授はかっかして叫んだ。
「もう公演が始まってしまった」
「何があったのです」冷血さを失わずにカウボーイは言った。
「何があったのですって、それは私が聞くことですよ。なんてこった!」
「それはつまりですね、」のろのろとした口調でカウボーイがつづけた。「初回五列目のチケットは無効ということです。おわかりでしょうか」
「どういう理屈でですか?」
「本日、外国の外交官の人たちが、私たちの公演を見ているのです」
「それは見てもらったらいいでしょう。大いにけっこう。しかし何ゆえ私がこんな目に?」
「私にできることはありません、市民の方。ベルナツキー同士のところへお行きください」
そしてカウボーイは更衣室の向かいの自分の牧場へひっこんでしまった。そのとき、ホールではもう音楽が鳴り響いて、劇が進行していた。
ベルナツキー(おそらく、同じく責任者)はトルストイ風のルバーシカを着ていたが、その平和な服に似合わず、鉄のような強情さを持っていた。
| トルストイ風のルバーシカを着た責任者 |
「なにに腹を立てているのです」と、彼は助教授を不快そうに見やりながら言った。「もう何度も言われたでしょう、外国の人たちが公演を見ているんです」
「ええ、しかしチケットは私に売られたのですよ、他の誰かではなく」
「チケットぶんのお金は払い戻しが可能です」
「お金の問題ではありません。一度は私にチケットを売ったのですから、あなたがたは私に席を用意すべきです。私が要求しているのはそういうことです」
「あなたが要求できることは何もありません。チケットは無効です」
「それならどうしてそのことを前もって知らせなかったのですか? なぜ新聞で説明しなかったのですか? 最終的に新聞に間に合わなかったというのなら、例えばドアのところに告知を掲示しておくとか、どうしてしなかったのですか? すくなくとも我々はコートを脱がずにすんだし、プログラムを買うこともなかったし、だいたいこういう屈辱だって何も受けずにすんだのに」
「聴衆にどう告知すべきか、私に教えさとすのはよしていただきたい。あなたには関係のないことです。ご自分のお金を受けとって、退出ください」
この限りなく下劣な返答を聞いて、助教授は呆然となって辺りを見まわした。
彼の背後には、彼と同じような目にあわされた聴衆が、すでにかなり集まってきていた。百人ほどの人間がいた。人々は、うす暗いロビーに、無用となったオペラグラスやプログラムを手に、驚き、頼りなげなようすで立っていた。彼らからはオーデコロンやファンデーションの匂いがした。今、シルクのドレスや、上等のジャケットを着ている自分がまるで裸であるかのように、気まずさを感じていた。彼らは、急いで支度をし、着かざり、髪にはパーマをかけ、どこか遠くからわざわざやってきたのだ、そして突然、なにか野蛮といってもいいような、うすのろと恥知らずの餌食になったのだった。
「こんなこと我慢がならない!」と助教授は叫んだ。「このことを私は『プラウダ』に書きます。あなたがたは、自分たちが何をしているのか、わかっていないんだ」
責任者の男は高らかに笑った。
「どこへでもお書きになったらいい。書いた、それで終わりです」
良心にしたがえば、その鼻づらに一発くらわせてやりたかった。しかし、暴力沙汰はいけない。そこで助教授は言葉による理屈を並べつづけた。すると責任者の背後から、まだ完全に年若い、秩序の信奉者が進みでてきた。
「ちょっとこちらへお越しください」その男はよそよそしい声で言った。
「しかしあなたはどなたですか?」
その秩序信奉者は、警察捜査協力団体の身分証明書を示した。
助教授は執務室へ連れていかれ、そこで身分の提示を求められた。
「あなたは学者でいらっしゃる」身分証を検分すると、若者は分別ありげに言った。「なのに騒いだりして。事態をわかっておられますか? ここには外国人が出入りしているのです、なのにあなたは秩序を乱すようなことをなさっている」
「なんですか、秩序を乱すようなことをしたのはあなたがたのほうでしょう!」我を忘れて助教授は怒鳴った。
そのあとに飛びだしたのは、古典的で、威力のある次のフレーズであった。
「すみませんねええ、場所を空けていただけますか!」
そして助教授は追放された。
これが、四月八日にメイエルホリド劇場の公演『三十三の失神』で実際に起こったことのすべてである。
われわれは、自分たちがどんなに素晴らしい劇場をもっているか、どんなに素晴らしい観客がいるかを、しばしば公平に語り合ってきた。いったいどうして、われわれの劇場のひとつで、こんなふうに観客を扱うなどということが起こりえたのだろう? こんなことが起こったのは、芸術と、素晴らしいソビエトの観客との間に、こびへつらう心をもった人々が現れたからで、そうした人にとっては、〈外国人〉という言葉が、誇り高き〈ソビエト市民〉という言葉よりも大きな意味をもっているのだ。
四月八日の晩に起きたことは、激しい怒りを呼ぶ。
こうした人たちがどうやって自己弁護するかは、容易に想像がつく。
「何、実際に起きたことだって? ふん、起きたことさ! 過ぎたことさ! 金は払い戻してもらったんだろう! 求め過ぎだよ」
だが、求め過ぎという問題ではない。これはソビエト市民の尊厳の問題だ。彼らは誰からもおとしめられるいわれはない。これは、われわれ市民の権利の問題だ、それを制限する権利は誰にもない。ソビエト市民をおとしめることは、すなわちソビエト全土の尊厳をおとしめることで、ソビエトの現秩序に対する罪だ。検察は、いよいよこうした種類の罪に手をつけなくてはならない。このことには、社会が最もつよい関心を寄せている。
ソビエト連邦では、外国人は、外交官であれ、旅行者であれ、専門家であれ、最大限の礼節で接遇される。よく知られているところの、もてなし好きも相まって。しかし、外国人への心づかいの名目で、ソビエト市民に損害を与えていい権利を有する人などいない。
ここに書かれたことは、一見とるに足りないできごとのようだが、実のところ、より大きな政治的意味をもっている。
▼訳注
- 文化攻略イベント…原文では культштурм。1910年代からソビエト国内で組織的に行われていた識字率向上キャンペーンの1930年代の呼び名と思われる。(参考サイト)
- メイエルホリドと戯曲『33の失神』
▷初出:『プラウダ』1935年、第119号(4月30日)
▷原文・図版出典:https://traumlibrary.ru/book/ilfpetrov-ss05-03/ilfpetrov-ss05-03.html#s002050
▷翻訳:Ayako Kagotani
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