カターエフと『十二の椅子』

イリフとペトロフがはじめて共作した長編小説『十二の椅子』は、作家としてさきに世にでて活躍していたワレンチン・カターエフ(ペトロフの兄)がアイデアを提供した。

『十二の椅子』の献辞がカターエフに捧げられているのはそのため。

カターエフがアイデアを出したいきさつは、ペトロフによる回想記『イリフの思い出より』(1939)の第3章でくわしく語られている。


(前略)「おれがテーマを出すから、きみらが小説を書いて、それをあとでおれが直すことにしよう。二度ばかりきみらの原稿に巨匠が手を入れれば、それでできあがりさ。デュマ・ペールのようにね。どうだい? やりたい奴はいるか? ただ覚えといてくれ、おれはきみたちをこき使うつもりだ」
 わたしたちはそれからまだしばらく、老サバーキン〔注:カターエフのこと〕が大デュマになり、わたしたち〔注:イリフとペトロフのこと〕がそのゴーストライターをやるという話題でふざけあった。その後、わたしたちはまじめに話しだした。
「すばらしいアイデアがあるのさ」とカターエフは言った。「椅子だ。いいか、椅子のうちの一つに、金が隠されている。それを見つけださなくちゃならない。冒険小説として申しぶんないだろう? まだちょっとしたテーマもあるが… どうだ? 同意しろよ。まじめな話だよ。一つの小説をイーリャ〔イリヤ(=イリフ)の愛称〕が書いたらいい、もう一つはジェーニャ〔エウゲーニイ(=ペトロフ)の愛称〕が書くんだ」(後略)




自分のアイデアを惜しげもなく人に提供することは、カターエフにとって日常茶飯だったらしく、『創作についての考え』(1961)と題したエッセイの中で、カターエフはこう語っている。

私の中には絶えず、かつても今も、まだクリアな形になっていない題材がたくさんうごめいている。おそらく、それらがクリアになることはない。私はそうした題材を喜んで他の人にやってしまう、かつてイリフとペトロフに『十二の椅子』のテーマをやったように。私にはわかっているのだ、テーマはいい、だが自分のではないと。自分でテーマを採用するときは、何かによって内から動かされて、無理な力がわずかでも働くことなく、書けると感じたときに限られる。

Во мне вечно, и раньше и сейчас, бродит масса сюжетов, которые еще не отстоялись; может быть, они не отстоятся никогда. Я охотно отдаю их другим, как в свое время отдал Ильфу и Петрову сюжет «Двенадцати стульев». Я вижу – тема хорошая, но не моя. А я беру тему только тогда, когда чувствую, что могу писать, движимый чем-то изнутри, без малейшего напряжения.

Катаев В. Мысли о творчестве. 1961 より抜粋、訳出

コメント