連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1928)青い悪魔 全訳
▷『コロコラムスク市の尋常ならざる話』と題されたイリフ&ペトロフによる連作短編の第1話。全訳。 ▷ コメンタリーはこちら 。 ▷2024.12.29 改訳更新。 _______ 九月、商用でモスクワへ出かけていたグロム医師が、コロコラムスクへ戻ってきた。彼は軽く足を引きずり、習慣に反して駅から辻馬車に乗って帰宅した。いつもの医師は駅から徒歩であった。 このような事態に、妻のグロム夫人はひどく驚いた。夫の左足のショートブーツにくっきりとついたタイヤ痕を目にして、驚きはますます大きくなった。 「車に轢かれてね」と言ったグロム医師は嬉しそうだった。「それから裁判になったよ」 そうして医師であり実業家でもある彼は、言う必要もない細部で飾りたてながら、己の幸運を妻に話してきかせたのである。 幸運の女神フォルトゥーナがグロム医師に振り向いたのはモスクワのトヴェリ関所であった。自動車のタイヤをきしませて現れた女神の顔は、目もくらむばかりの輝きで、彼は倒れ込んでしまった。起き上がると同時に、自分が車に轢かれたことをさとった。医師はすぐさま平静をとり戻し、汚れのついたズボンをさっと払うと叫びだした。 「人殺し!」 幸運の女神フォルトゥーナ 青のパッカード車が停まり、中から、こざっぱりした山高帽をかぶった男性と、茶色い口ひげを生やした運転手が飛び出てきた。大国の隣に位置する小国のけばけばしい色の国旗が、気まずい立場に置かれた車のラジエーターの上で震えていた。 「人殺しだ!」集まってきた野次馬の方を向き、グロム医師は毅然とくりかえした。 「やつを知ってるぞ」誰かの若い声がした。「あれはクリャトヴィア国の大使だよ。クリャトヴィア大使さ」 翌日には裁判が開かれ、医師への傷害補償として、月百二十ルーブルを支払うべしとの判決がクリャトヴィア大使館に出された。 これを受けて、グロム医師はコロコラムスクの親しい連中と三日三晩宴会をした。宴が終わるころ、失業中の菓子職人アレクセイ・エリセーエヴィチが姿を消していることが判明した。 グロム医師の運命の好転に対する人々の興奮が収まる間もなく、新しいセンセーションがコロコラムスクを席巻した。アレクセイ・エリセーエヴィチが戻ってきたのだ。明らかになったところによると、彼はモスクワまで行き、まったくの偶然からクリャトヴィア大使館の青い車に轢かれ...