ペトロフが語るイリフの思い出|回想録『イリフの思い出より』(1939年)訳 4/4
(最初から読む) (3に戻る) 4 わたしたちは十年いっしょに仕事をした。これはとても長い期間だ。文学では一生分にあたる。わたしはこの十年のことを小説に書きたいと思う。イリフについて、彼の生と死について、わたしたちがいっしょに創作したこと、旅をしたこと、人と会ったことについて、そしてこの十年でわたしたちの国が変わってしまったこと、それとともにわたしたちも変わってしまったということについて。おそらく、時間があればこうした本を書くこともできるだろう。だがさしあたっては、イリフの死後にわたしたちのもとに残された彼の手帳について、いくつか書いておきたいと思う。 「とにかく書きとめておくようにしたまえ」と彼はわたしによく言っていた。「すべては過ぎ去ってしまうし、すべては忘れさられる。書きとめたくない気持ちはわかるよ。やりたいことは見物することであって、書きとめることではないからね。だけれども、そういう時は自分をそうし向けないと」 自分をそうし向けることに彼はひじょうによく失敗していて、そういう時の手帳は、何ヶ月もポケットから出されなかったりした。それから他のジャケットを着たりするものだから、いざ何かを書きとめようというとき、手帳がないのであった。 「まずい、まずい」とイリフは言っていた。「とにかく書きとめるようにしなくては」 しばらく時がたつと、イリフのもとに新しいメモ帳がやってくる。彼は満足げにそれを眺め、厚紙や防水布でできた表紙をおごそかに手のひらでたたき、脇ポケットにしまって、今からは毎日メモ帳を持ち歩こう、夜中にも起きて何か書こうという気がまえを見せるのだ。しばらくの間、手帳は実際にかなりひんぱんに取り出されたが、それから冷却期間がやってきて、手帳は古いジャケットに忘れさられるようになり、ついには、おごそかに新しい手帳が家に持ち帰られることになるのだった。 ある日、彼のしつこい求めに応じて、どこかの編集部か出版社がイリフに会計用の巨大な手帳をプレゼントした。それは厚手のつやつやした紙で、赤と青の罫線が引かれていた。この手帳を彼はとても気にいった。何度も何度もそれを開いては閉じ、じっくりと会計用の罫線を眺めてはこう言っていた。 「ここにはあらゆることを書きとめなくちゃ。人生の本だ。ここの右側には、こっけいな姓だとか、ちょっとしたディティールだとかを書こう。左側...