短編『KLOOP』(1932年)全訳

「もうムリだ、ちょっと待ってくれ。今ここで、この看板の意味するところを知らないと、私は病みついてしまう。何かしらの謎の病で死んでしまう。二十回もそばを通っていながら、何ひとつわかっちゃいないのだから」

 ふたりの人間が、とあるエントランスで立ちどまった。その頭上には、金色と瑠璃色で、丹念にこう書かれていた。

KLOOP

「なにがそこまで興奮させるのかが、わかりませんね。KLOOPはKLOOPですよ。小包の受け取りが一時から三時までなんです。よくある施設ですよ。先へ進みましょう」

「いいや、わかってくれ! KLOOP! これが私を苦しめて二年にもなる。こういう名称のついた施設で、人は何に従事しているんだろう? 何をしているんだ? 何か備蓄しているんだろうか? あるいは、逆に、何かを配給しているとか?」

「ほうっておきなさいよ、まったく暇人なんだから。人々はもっぱら座って、働いていますよ、誰にも迷惑をかけちゃいません、だのにあなたは固執して ――なぜです、なぜなんです? 行きますよ」

「いいや、行かない。きみは怠けものだ。私は、これをこのままにはしておけない」

 車体の長い車がエントランスに停まっていて、鏡のようにピカピカのガラスの向こうには、ドライバーが座っていた。

「おたずねしますが、同志」と暇人は聞いた。「KLOOPとはどういう施設でしょうか? ここでは何をしているのでしょう?」

「何をするかだなんて、誰が知るもんですか」とドライバーは答えた。「KLOOPはKLOOPですよ。どこにでもあるような施設です」

「なんですか、あなたはよその車庫から来た方ですか」

「どうしてよそから来ることがありますか! うちの車庫です、KLOOPのです。私は設立初日からKLOOPで働いてるんです」

 車の運転手からは、はかばかしい答えが得られなかったので、知人ふたりはちょっと話し合って、エントランスの中へ入った。暇人が前を行き、怠けもののほうは不満げな顔つきをして少し後ろを行った。

 実際のところ、暇人の難癖をつけたがるくせは、とうてい理解しがたかった。KLOOPのエントランスホールは、他の千のホールと何も異なるところはなかったのだ。伝書係の女性たちが、後ろを編み上げブーツの黒い紐で結んだ灰色のみすぼらしいチュニックを着て走り回っていた。入り口のそばには、毛皮のフェルトブーツを履き、塹壕で着るような大きな毛皮外套を身につけた女性が座っていた。その見た目はまさに市電の転轍手をほうふつとさせたが、彼女は(オーバーシューズの受け渡しをする)ドア番なのであった。エレベーターリフトには『帽子とゲートル』という小さな看板がかかっていて、ちょうどそのなかでは、ひとりの職人がきわめてどっちつかずの表情を浮かべてくるくると動きまわっていた。彼はその場所で、上流階級向けの流行の品を作っているのであった。(KLOOPは、この男と絶望的な争いをしていたが、それというのも、賃貸住宅協同組合が不遜にも、同意もとらず、機関専用のエレベーターリフトをこの職人にあてがったからだった)





「いったいここでは何をやっているんだ?」またもや暇人が言いはじめた。

 しかし、正面玄関で、暇人がじっくりと自分の思案にくれている暇はなかった。まっすぐ彼に向かって、白髪頭の従業員がどこか上のほうから走ってきてぶつかり、「ブリンザ! ブリンザ!」と叫びながら階下へ姿を消した。その男の後を、三人の若い女性が追いかけて走っていった。ひとりは伝書係で、残りのふたりは、見目もよく、コールドパーマをかけていた。

 ブリンザという言葉は、ドア番の女性に著しい印象を与えた。彼女は一瞬動きをとめ、それから荷物預かりの柵を越えると、自分に託されたオーバーシューズのことなど忘れて同僚たちを追って駆けだしていった。

「これで全部はっきりした」と怠けものが言った。「もう戻っていいでしょう。ここは何かの食品トラストなんです。ブリンザチーズと他の乳製品の問題を扱っているんだ」

「じゃあ、どうしてKLOOPという?」暇人は難癖をつけた。

 これに怠けものは答えられなかった。ふたりの友は、ドア番の女性にすべてを問いただしてみたかったが、彼女を待っていても来ないので、上へと向かった。

 階段の踊り場は、ほとんど隙間もないほど、手書きの文字や画、タイプされた文字で書かれた告示、指令、議事録からの抜粋で埋め尽くされており、同じようにして、あらゆる類の呼びかけやお願いの文句が、どれも「待て!」という書き出しで貼られていた。

「ここならすべてわかるでしょう」ほっとして怠けものは言った。「このたくさんの紙切れの中から、KLOOPがどういう業務をしているか解明できないなんてことは、ないですよ」

 そうして彼は、すこしずつ壁に沿って移動しながら、告示文を読みはじめた。

『待て! 〈憤怒〉のチケットあり。チェルノブリヴツェヴァ同志のところで受け取られたし』、『待て! チェッカー同好会は、クンツェボの試合に遠征する。チェキストたちには、交通費と日当が、料金表の中央レンジの額で支給される。集合場所は、ムル・ムラヴェイスキー同士の部屋。』、『待て! セーターとシャベルを自由価格で販売。二十一日から、カーチャ・ポロテンツェバの席にて』。

 暇人はニヤニヤしだした。怠けものは不満げにそちらを見やると、壁に沿ってもうちょっぴり奥へと移動した。

「今にね、今に… そんなことは、ありえないんだから… ほうら、ほら!」彼はくぐもった声でつぶやいた。「『KLOOP No.1891-35 に基づく指令。カルドンクリ同志の姓を、本日付でコルジンクリとする』…なんてくだらない!『待て!ブリンザチーズを入手されたし。本人が行列に並ぶこと、階下の協同組合課にて』」

「これだよ!」暇人は勢いづいた。「きみはなんて言ってたっけね? 乳製品トラスト? 本人が行列に並ばなきゃならないブリンザチーズの問題を扱っているのかな? けっこう!」

 怠けものは困惑して、平均的な自由販売価格でキャベツを買うスキーツアーの告示を飛ばし、生産に関するポスターに見いった。それは、半ば熱にうかされたような表情を浮かべ、遅延を一掃すべしと呼びかけているKLOOP員たちのポスターだった。

 今となっては、彼も不安をおぼえはじめた。

「いったい何の遅延だ? こうなったら、何から遅れているのかをつきとめなくちゃ。そしたら彼らが何をしているのか、はっきりしますよ」

 ところが、二メートルある壁新聞ですら、KLOOPという不可解な言葉のまわりに立ちこめている霧を散らしてはくれなかった。

 それはこの上なく平凡な壁新聞であって、饒舌かつ陰うつな調子で、ポートレート写真や、イラスト、記事、あきらかにどこかの中央新聞局から購読して受信したものを載せていた。それは、医薬品施設にかかっていてもよかったし、黒海汽船でも、金採掘場のオフィスでも、だいたいどこにかかっていてもかまわないしろものだった。KLOOPに触れているのはたった一度だけ、それも、ひじょうにあいまいな形で、「KLOOP員は、業務を最高度に据えよ」とあった。

「だからなんの業務だ?」かっとなって暇人は言った。「従業員から聞き取りをしなくちゃいかん。もちろん、きまりがわるいことではあるが… やらねば。すみません、同志…」

 暇人はだしぬけに、斥候兵が敵の隊列から捕虜をかすめとるようなすばやさで、廊下をあくせく行き来していた従業員の腰をつかむと、彼にこまごまと質問しはじめた。知人ふたり組が驚いたことに、従業員の男は、考えこむとさっと顔を赤らめた。

「ええと、」と熟慮のすえに男は言った。「とどのつまり、私は実行部隊の人員ではないんでして。自分の任務についております。で、KLOOPとは何なのか、ですか? KLOOPは、KLOOPです」

 そして男は逃げていったが、その逃げ足の速さときたら、後を追ったところで無駄であった。

 KLOOPとは何か、理解できないままではあったものの、いくつかの兆候から、この施設が新機軸や健全な発展というものを好んでいることが見てとれた。たとえば、経理課はここでは会計班と呼ばれていたし、出納課は支払班と呼ばれていた。しかし、こうした事務の盛り上がりを、次のようなひどい紙きれが台無しにしていた。いわく、『きょうは支払いはいたしません』。どうやら、発展中の任務というものは、遅延もつきものらしかった。

 大きな部屋で、楕円形のトランプテーブルに六人の人間がついていた。彼らは声を落として、泣きだしそうな声で話しあっていた。

 ところで、文化活動の会議では、どうしていつも泣きだしそうな声で話すのだろう?

 それは、あきらかに文化活動家の自己憐憫からきている。仲間うちのためにすべてを犠牲にして、ハイキングや内輪のパーティー、妥当な賞金をつけた思想くじを主催したり、ブリンザチーズやセーター、シャベルを分配したりして(全体としてみると、人生の最良の数年をささげ)、そしてまたこうしたすべてのことを、無償で、報酬もなしに、ただ思想的な考えからおこなっているのに、なぜかそれに特別の時間が手当てされることはないのだ。まったく自分が哀れになる!

 ふたりの友はたちどまると、会話から必要な情報がくみとれることを願って聞き耳をたてはじめた。

「同志のみなさん、率直にいわねばなりませんけれども、」中年の女性KLOOP員が陰気な声でのたまった。「社会生活部において、業務が十分に遂行されていません。十分な参加が得られませんでした。不十分で、不完全で、まったくやる気も、思いきりもなく、広がりもありませんでした。スキーツアーは催行人数が不十分でした。同志のみなさん、なぜでしょうか? それは、ゾーヤ・イドロヴナの柔軟性が十分でなかったからです」

「なんですって? それって、私が十分に柔軟ではないってことですか?」心の臓をぐさりとやられてゾーヤが金切り声をだした。

「ええ、あなたは十分に柔軟ではありません!」

「いったいどうして、私が十分に柔軟でないというんですか?」

「なぜならそれは、あなたがまったく、柔軟ではないからです」

「すみませんが、同志、あんまりですわ、私は柔軟です」

「いったいどうして、あなたが柔軟でありえるのですか、同志?」

 ここで、暇人が会話に割って入った。

「すみません、」こらえきれずに彼は言った。「KLOOPとはなんですか? 何をしているところですか?」

 いちばん面白いところを邪魔された六人組は、どんよりした目で無礼者のほうを見た。一分間、沈黙がつづいた。

「知らないわよ!」きっぱりとゾーヤ・イドロヴナが答えた。「仕事のじゃまをしないで」そして奉仕的業務におけるライバルのほうに向きなおると、嗚咽の向こうからこう言った。

「つまり、私が十分でないというんですか? へええ! で、あなたは柔軟なんですか?」

 ふたりの友は廊下へひきさがると、相談をはじめた。怠けものは怖がって、ここから出ようともちかけた。ところが暇人は、運命の攻撃にひるんだりしなかった。

「カリーニン議長〔訳注:当時のソビエト最高会議幹部会議長〕のところまで行ってやる!」と、急に金切り声をだした。「私はこれをこのままにはしておかない」

 彼は、いきりたって『議長代行』と書かれたドアをあけた。議長代行は部屋におらず、そこにいたラムスキンの帽子をかぶった男は、よそものを慇懃かつ冷淡にあしらった。KLOOPとは何か、その男も知らなかったものの、議長代行については、ずいぶん前に炭坑へ緊急派遣されたと教えてくれた。

「どこですって?」怠けものはそう聞きながら、ガタガタ震えだした。

「炭坑です」ラムスキンの帽子はくりかえした。「労働組合活動の一環でね。ですから、直接議長のところへお行きなさい。しっかりした男だし、官僚的でも、ちゃらんぽらんでもない。彼ならすべて説明してくれるでしょう」

 議長のところへ行く途中で、ふたりの友は新しい告示に出くわした。『待て! すみやかに組合委員会でジャガイモの配給券をうけとるべし。ぐずぐずしていると無効の恐れあり』

「ぐずぐずしていると無効の恐れあり。無効はぐずぐずしている恐れあり」ぼうっとなって暇人はつぶやいた。

「ああ、なんとしても早いところ知らなくちゃ!こういう猛烈な活動がすべて何のためなのか」

 道中でまた一つ珍事があった。ある男が、特別出資金を出すようにと彼らに迫ったのだ。そうしないと組織員手帳が無効になる恐れがあるという。

「通してください!」暇人は叫んだ。「我々はここで働く者じゃありませんから」

「誰にわかるもんか」その見知らぬ男は落ちつきはらって言った。「ここじゃ四百人が働いているんだ。全員覚えていられるか。さあ、『何かの友』に二十コペイカずつ出してください。出して、さあ、出して!」

「もう出しましたよ」怠けものが訴えた。

「そんなら僕にも出してくれ」見知らぬ男はうめいた。「さあ出すんだ! たった二十コペイカだぞ」

 出すはめになってしまった。

 KLOOPについて、この見知らぬ男は何も知らなかった。

 議長はテーブルに両手をついて立ち上がり、訪問者を出迎えた。

「どうか、直接お伺いしたことをお許しください」と暇人は口を切った。「ですが、おかしなことに、どうやらあなただけが私どもの疑問にお答えになれそうだというわけでして」

「どうぞ、どうぞ」と議長は言った。

「あのう、実はですね。その、何と申し上げたらよいのか。教えていただけないかと思うわけです… 愚かな好奇心とお取りにならないでいただきたいのですが… KLOOPとは、何でありましょうか?」

「KLOOP?」と議長は聞きかえした。

「ええ、KLOOPです」

「KLOOP?」よく通る声で議長はくりかえした。

「はい、ひじょうに興味をひかれまして」

 ヴェールがひらく準備は、もうできていた。とうとう秘密にも終焉が近づいている…と、ふいに議長が言った。

「あなたがたは不意打ちで私のところへ突撃してこられましたよね。ここでは私は新参者なんですよ。ちょうど今日、職務遂行のために着任したところで、一連のサイクルをまだ終えていないのです。だいたいは、もちろん、わかっているんですが、まだね、なんといったらいいか…」

「そうはいっても、大方のところは…?」

「そう、大方のところもですね…」

「ことによると、KLOOPが調達しているのは、林材ですか?」

「いや、林材ではないです。それはたしかです」

「牛乳ですか?」

「まさか! 私は牛乳のところからここへ移ってきたんでしてね。ここは牛乳とは違う」

「木ネジですか?」

「む、む、む… どちらかというと違うかな。むしろ、別ものだね」

 そのとき、部屋に取っ手のないシャベルが運び込まれてきた。それをお盆のようにして、上に緑のセーターがのせられていた。これらの物資をテーブルに置き、議長のサインをもらうと人は姿を消した。

「気を取り直して、名称じたいを一文字ずつ解読してみるのはどうでしょう?」と怠けものは提案した。

「名案ですな」議長が賛成した。

「きちんと、一文字ずつやりましょう。KLOOP。協同-林材…ちがった、林材じゃない。別のをためしましょう。協同-ラッカー塗装-オフィス… あれ、ふたつめのOはなぜあるんだろう。ちょっと待ってください… 協同-利率高…」

「あるいは家庭内工業とか?」

「ああ、家庭内工業-利率高… いや、ちょっと待ってください、ばかげたことになっている。体系的にやり直しましょう。すこしお待ちを」

 議長はラムスキンの帽子をかぶった男を呼び出して、他の誰も通さないように命じた。

 半刻もたつと、執務室は駅のトイレのようにタバコの煙が充満した。

「一文字ずつやる、機械的なやりかただ」議長は叫んだ。「手始めに根本的な問題をはっきりさせねばならん。ここはどんな施設であるのか? 協同組合なのか、それとも政府系組織なのか? さあ君、言ってくれ」

「あの、文字から推測すべきかと思うのですが…」怠けものは拒もうとして言った。

「いいや、君、根本的なところを教えてくれ…」

 知人ふたりが煙のたちこめる執務室から出たときには、KLOOPの各部局は空っぽになっていた。清掃の女性が廊下を掃き清めていて、遠くの部屋からは泣きだしそうな声が聞こえてきていた。

「同志、私は柔軟すぎるほどです!」

「いったいあなたが柔軟ですか、同志?」

 階下にふたりを追いたてたのは、白髪頭の従業員だった。彼は、伸ばした両手にブリンザチーズの入った濡れた包みを抱えていた。そこからは食塩水がしたたっていた。

 暇人はけむに巻かれたような視線を従業員に投げると、困惑してつぶやいた。

「結局ここの連中は、いったい何をやってるんだ?」




▷初出:『プラウダ』 1932年、第339号(12月5日)
▷原文:https://ruslit.traumlibrary.net/book/ilfpetrov-ss05-03/ilfpetrov-ss05-03.html#s001003
▷図版出典:https://ruslit.traumlibrary.net/book/ilfpetrov-ss05-03/i_003.png
▷翻訳:Ayako Kagotani

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