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連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1929)航海士そして大工 全訳

▷『コロコラムスク市の尋常ならざる話』と題されたイリフ&ペトロフによる連作短編の第11話(最終話)。全訳。 ▷ コメンタリーはこちら 。 ▷2025.1.13 改訳更新。 _______  前代未聞の危機が、生きものすべてを凍えさせる逆旋風のごとく巻き起こって、コロコラムスクを通過した。数少ない商店や定期市の露店から、革がすっかり姿を消してしまったのだ。クロム革が消えたかと思うとキップ革も消え、靴底の在庫すら底をついてしまった。  まる一週間ものあいだ、コロコラムスクの人びとは不審がっていた。不幸のとどめとばかり、市場から防水布が姿を消したときには、彼らはすっかり気落ちしてしまった。  幸いなことに、危機の原因はまもなく判明した。判明したのはとある祝日のことで、その日は「脱・握手」協会の会長である市民ドロイ=ヴィシュネヴェツキイに敬意を表し、彼が握手の根絶の仕事に従事して五年になるのを祝う日であった。  式典は、町でいちばんの建物である軍用朗読・歌唱教室のホールでひらかれた。町の組織代表者らはレッドカーペットを歩いて次々ステージへと上がり、挨拶の言葉を述べ、祝福を受ける者に贈りものを手渡していった。  「脱・握手」協会の六人の同僚たちは、ベルトと持ち手のついた、燃えるように赤いキップ革の書類カバンを六つ、愛するボスに捧げた。  友好団体「脱・文盲」協会からは、会長バリュストラードニコフが代表して、興奮ぎみの主賓に対し、ワニ柄の型押しをしたクロム革の書類カバンを十二個贈った。  主賓はお辞儀をしては礼を述べていった。マンドリンのオーケストラが、ひっきりなしにファンファーレを演奏していた。  警察署長のオトメジューエフは、勇ましいガラガラ声でてきぱき挨拶すると、この英雄に、剣とリボンをあしらった防水布製の書類カバンを四つ手渡した。  消防司令官、炎のメラーエフも面目を失わずに済んだ。本当のところ、彼は運が悪かった。初動が遅く、式典のことを思い出したときには革はすでになかった。ところが、メラーエフはこの試練に打ち勝ってみせた。彼は大きなホースを切り分け、類まれなるゴム製の書類カバンを作りあげたのだ。数ある書類カバンの中で最良のものだった。目下の仕事と大組織の記録をまるごと収められるほどに、そのカバンはよく伸びた。  ドロイ=ヴィシュネヴェツキイは涙を流していた。  町の商...