連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1929)おそろしい夢 全訳
▷『コロコラムスク市の尋常ならざる話』と題されたイリフ&ペトロフによる連作短編の第5話。全訳。 ▷ 第1話〈青い悪魔〉はこちら 。 ▷〔〕は訳注。 コメンタリーはこちら 。 ▷2025.1.6 改訳更新。 _______ 元はちょっとした小金持ちで、今は冴えないコロコラムスク市民のヨシフ・イワーノヴィチ・ザヴィトコフが、町のもっとも興味深い歴史の一ページを自らが書くことになろうとは、本人はおろか、彼を知る多くの人にも思いがけないことだった。 といっても、ザヴィトコフはけっして要領のいいタイプではなかった。しかしコロコラムスクの人はみなそんなものだ。最もおとなしいコロコラムスクの人でさえ、ある瞬間には向こう見ずで突拍子もない振る舞いをしでかして、コロコラムスクの名を高めることに一役買ってしまいかねないところがあった。 ザヴィトコフの生活は終始なでつけたように平坦だった。彼の仕事は、誰もが驚く淀んだ色の靴墨「アフリカ」を煮ることで、ありあまる時間をもてあますと、ビアホール「過去の声」で時を過ごした。 靴墨の匂いが有害な作用をもたらしたのかもしれないし、黒ビールが彼の意識を曇らせたのかもしれないが、いずれにせよ、ザヴィトコフは、日曜の深夜から月曜にかけてある夢を見た。そしてそれ以降、彼は完全な混乱状態に陥ってしまった。 彼の夢というのは、町の全員一致通りと満場一致通りの交わるところで、革のジャケットに革のパンツ、革の帽子といういでたちの、三人の共産党員に出くわしたというものだった。 「もちろん、逃げだしたかったさ」とザヴィトコフは隣人たちに語って聞かせた。「ところが奴ら、道の真ん中に陣取って、おれに深々とお辞儀をするもんだから」 「党員がかい?」隣人たちは大袈裟な声を出した。 「党員がだよ! 直立してお辞儀するんだ。直立してお辞儀だよ」 「いいか、ザヴィトコフ」と隣人たちは言った。「そういうことがあったからっておまえ、特別扱いはされねえぞ」 「おれが夢に見ただけのことじゃないか!」ザヴィトコフは笑って反論した。 「夢だからって何だ。そういうことはあるもんだ… いいか、ザヴィトコフ、なにも起こらないといいがな!」 そうして、隣人たちは靴墨職人から用心深く距離を取った。 ザヴィトコフは、靴墨「アフリカ」を煮るのもやめて、まる一日町をほっつき歩き、夢で見たことにつ...