連作短編『コロコラムスク市の尋常ならざる話』(1929)ヴァシスアーリー・ロハンキン 全訳
▷『コロコラムスク市の尋常ならざる話』と題されたイリフ&ペトロフによる連作短編の第3話。全訳。 ▷ 第1話〈青い悪魔〉はこちら 。 ▷〔〕は訳注。 コメンタリーはこちら 。 ▷2025.1.4 改訳更新。 _______ コロコラムスクでは、棺桶職人のヴァシスアーリイ・ロハンキンがここまで興奮しているところをもう長らく見たことがなかった。小ビーウシャヤ通りを歩いていく彼は、この二日間まったく酒を飲んでいなかったにもかかわらず、足をもつれさせていた。 彼は家を順繰りにたずねていって、つぎのような最新のニュースを同胞らに伝えてまわった。 「この世の終わり、洪水だ。天の底が抜けたみたいな大雨だ。県都じゃ、七日七晩どしゃ降りだと。真面目に働いてたやつが、もう二人も溺れた。この世の終わりの始まりだ。ボリシェビキがここまで追い詰めたんだ! ほら、見てみろ!」 そう言ってロハンキンは震える手で空を指した。紫色の雨雲が四方から迫ってきていた。地平線はゴロゴロと音をたて、短く猛々しい稲妻を放っていた。 十七番地に住むプフェルドは感受性の強い男で、ロハンキンの言うことをすっかり拡大して受け取った。プフェルドの中では、モスクワはすでに水浸しになって、あらゆる川が氾濫していることになっていて、プフェルドはそれを天罰だと解釈した。不安げに空を見上げていた市民が寄り集まっているところへ、オレンジ色のフランネルの部屋着のままのシツィリヤ・ペトローヴナが駆け寄ってきて、洪水はずいぶん前に予想されていたことで、先週、中央から来た知り合いの共産主義者もこのことを話していた、と言ったので、町はパニックになった。 コロコラムスクの人びとは生きることを謳歌しており、人生の盛りに死ぬことを望んでいなかった。洪水から町を救う計画が口々に出された。 「そうだな、ほかの町へ移るのは?」と言ったのはニキータ・プソフで、市民の中では最も愚かな部類であった。 「空へ向けて大砲を撃つのがいいだろう」とムッシュ・ホントーノフが提案した。「こんなふうにして雨雲を散らすんだ」 しかし、どちらの提案も却下された。一つ目の提案は、四方がすでに冠水しているのだからどこにも行くあてはないのだ、とロハンキンが見事に論証してみせたあとで退けられた。二つ目の提案は、じゅうぶんに実用的ではあったが、大砲がないために採用することができ...