投稿

12月, 2021の投稿を表示しています

短編『戸籍登録員の過去』(1929年)訳 3/5

▷イリフ&ペトロフの代表作『十二の椅子』の外伝的作品 ▷『十二の椅子』の主人公ヴォロビヤニノフの過去 ▷本文中の緑字は訳注あり(クリックで コメンタリーページ へ遷移)  _______ (はじめから読む) (2から読む)  スタルゴロドの慈善バザーは、その豪華さと、上流社会のご婦人がたが競って発揮する創意工夫とで抜きんでていた。そのバザーは、モスクワの旅籠屋のような見ためや、カフカスの村に似せたかっこうにつくられ、そこではコルセットをつけたチェルケス娘たちが、孤児院の子らのためといって、アイのシャンパンを聞いたこともないような前代未聞の高値で売っていた。  イポリート・マトヴェーヴィチは、そうしたバザーで〈ホンモノのカフカス食堂、ふつうのカフカスの娯楽〉という看板の下に立っていたところ、新任地区検事の妻であるエレーナ・スタニスラヴォヴナ・ボウルと知りあった。検事は年寄りであったが、妻のほうは、裁判所書記官が次のように請け合った人だった。   …青春が心さわがせ、   若さが喜びいさむ。   口づけに呼びまねく、   その全身はかくも軽ろし。  この書記官は詩才に欠けていた。  〈口づけに呼びまねく〉エレーナ・スタニスラヴォヴナは、頭に黒いビロードでできたお皿型の帽子をのせ、そこにフランス国旗の色をした絹製のバラかざりをあしらっていたが、それは若いチェルケスの乙女の装いを完全に表現するはずのものであった。〈軽ろき〉肩には、ボール紙に金の色紙を貼った水差しを乗せており、水差しからはシャンパンボトルの細い首がつきでていた。 「シャンパン一杯モラウ!」と、イポリート・マトヴェーヴィチはほんものの山の民のふりをして言った。  検事の妻はやわらかくほほえむと肩から水差しを下ろした。  イポリート・マトヴェーヴィチは、息をつめて、むき出しになった彼女のろう細工のような手が、たどたどしくボトルを開けるのを見つめていた。彼は、なんの味も感じられないままに、シャンパンを飲み干した。エレーナ・スタニスラヴォヴナのむきだしの手が、すっかり頭をかき乱してしまった。ベストのポケットから百ルーブル紙幣を取り出すと、張子でつくった褐色の岩山の端にのせ、大きく鼻で息をつくとその場を離れた。検事の妻はよりいっそうやわらかい笑みを浮かべ、紙幣をじぶんのほうへ引き寄せると歌うような声で言った。...